日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『てんごくまえデパート』 長谷川あかり

(月刊「こどもの本」2024年7月号より)
長谷川あかりさん

その人の「これから」

「また、描きゆうがー がんばーちゅうねぇ」

 人懐っこい高知弁で、その人はよく言ってくれました。〝絵本作家〟いう私の夢を人一倍応援してくれていたその人が、私の初出版を待たずして旅立った時の悔しさが忘れられません。

 そんな私を救ったのが、お葬式でのお坊さんのお話でした。「お棺に極楽までの通行証を入れておきました」というのです。「死後の世界にそんなものが…」と驚くと同時に、その人が胸元から通行証を出しながら、「通行証かえ? もっちゅう もっちゅう!」と嬉しそうに笑う姿を、ありありと想像することができたのです。そして、その人に「これから」があることが私の希望になりました。

 この経験がきっかけで私は『てんごくまえデパート』を描きました。本作は死んでしまった猫のにゃんきちさんが、天国へ行く前に心や体、身の回りの準備をするお話です。死は突然訪れるもの。残された人同様、故人にも後悔や伝えたかった思いがあったのではないかなと思い、絵本の中で叶えてあげたいと感じ、表現しました。

 編集担当の中嶋さんは、死を扱った難しいテーマの絵本作りに色々な道しるべを示してくださいました。「にゃんきちさんの人生で一番輝いているときを描きましょう」とアドバイスをくださり、本編では描かれない、にゃんきちさんの人生について幼少期から練り直しました。これがストーリーに深みを持たせてくれたように感じています。また、残された人の希望になる様、明るい色使いを心掛けました。

 こうして、今年の春、『てんごくまえデパート』は出版されました。春は出会いと別れの季節。植物たちは新しい命を育む時期でもあります。そして、奇しくもその人が亡くなったのも5年前の春でした。見上げると、散った桜の木から新しい芽が顔を出しています。その姿に、どこかで、新しい日々を楽しく暮らすその人を思います。

「応援しゆうき、がんばりやー」

 春風に乗ってそんな声が聞こえてくるようです。

(はせがわ・あかり)●既刊に『ようかいのもり たぬきクリニック』『ようかいのもり まっくらまつり』など。

『てんごくまえデパート』"
文研出版
『てんごくまえデパート』
長谷川あかり・文・絵
定価1,650円(税込)