日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ぼくらは田んぼ応援団!福島ゲンゴロウ物語』 谷本雄治

(月刊「こどもの本」2024年6月号より)
谷本雄治さん

ムシにいつも助けられて

 東日本大震災のあと、しばらくして東北地方のある町に入った。復興に向けて動きだしたばかりで、大津波の残した爪痕があちこちに残っていた。

 そこで出会った80代の人から聞いた言葉が、脳裏から離れない。

「生きてりゃ、なんとかなる。家を失ったのは、これで3回目だからな。なあに、またやり直せるさ」

 東北人のたくましさには以前から一目置いてきたが、自分がそうなったら、とても口にできそうにない。苦境にあってなお平然と言い切る強さには、ほんとうに頭が下がる。

 東北の中でもとくに苦しかったのが福島県だろう。大津波だけでなく、放射性物質にまで生活をこわされた。しかも根拠のない風評となって、全国へ、世界へと広がったのだ。食べ物や農業に関する作品をいくつか書いてきたのに、何もできないもどかしさを抱えたまま毎日を過ごしていた。

 そんなある日、友人である本作の主人公の一人から連絡があった。田んぼの生き物調査をしたところ、意外な結果が出たというのだ。

「被災した田んぼで稲作を再開したら、珍しい虫が見つかったんです。絶滅が心配される虫もいました!」

 彼はその調査データが、風評を払しょくする材料になると直感した。わたしも同感だった。震災後の生き物調査の始まりがゲンゴロウだったこと、ゲンゴロウは田んぼとも縁の深い虫であることから、ゲンゴロウを通じて、震災や原発事故のその後を子どもたちに伝えられるのではないか、風評被害について考えるきっかけになるのではないか、そんなふうに思った。

 のちに「平成の大冷害」と呼ばれるようになった1993年の米不足当時の作品では、「田んぼの草とり虫」カブトエビに助けてもらった。こんどはゲンゴロウの出番である。

 編集者と相談し、書名には「田んぼの応援団」と加えた。福島の人たちの思いをどこまで届けられたのかわからないが、物言わぬ応援団に最も助けられたのはわたし自身だと思っている。

(たにもと・ゆうじ)●既刊に『虫かご・水そう・プランターなしでかんたん! ペットボトルで育てよう』(全3巻)など。

『ぼくらは田んぼ応援団!福島ゲンゴロウ物語』"
汐文社
『ぼくらは田んぼ応援団!福島ゲンゴロウ物語』
谷本雄治・著
定価1,760円(税込)