
被災地の現実と希望
長野県は、南北に長い県です。私の住む地は南にあり、2019年の台風十九号で被害にあった長野市は北です。
どこを手がかりに、千曲川決壊に迫っていけば良いのか。地元の新聞を読み返していた私は、一枚の写真に引きつけられました。赤いランドセルを背に駆け寄った女の子を、ぎゅっと受けとめる見守りボランティアの男性。西澤和雄さんとの出会いでした。
西澤さんは、写真の通りあたたかい方でした。自らも被災し、ヘリによる命がけの救助を体験したのですが、避難所で子どもたちを支え、登校を始めた子どもたちの朝の見守りにも回るのです。
西澤さんを通じて知り合った高校二年生の寺田由希音さんも、被災した一人でした。彼女は、小学六年生の時に同級生二十一人と、千曲川に完成した「桜づつみ」を取材した劇の上演をしています。その五年後、「もうこれでこの地に水害はない」と信じた「桜づつみ」が決壊して、同級生全員の家に水が襲ったのです。「これが本当の水害なんだ。私たちの劇は、ただ劇作りを楽しんでいただけだったのか。」由希音さんの苦悩は、同級生みんなが胸に抱いたものでした。当時の担任竹内優美先生も、かつての教え子と共に、重すぎる現実に涙します。
しかし、どのような状況の中でも、人は生きねばなりません。
決壊箇所のすぐ近くで壊滅的な被害に遭った玅笑寺には、由希音さんたちに水害の歴史を語ってくれた笹井妙音さんがいます。妙音さんは、土壁の剥がれた寺の境内で、ボランティアに感謝し地域を元気づける、年末の餅つきを仲間と行います。
取材しながら、被災の現実を肌で感じました。しかし、執筆の力となったのは、その現実に立ち向かい、懸命に生きようとしている人々の姿でした。はるか年下の由希音さんを含めて、私は心からその姿を尊敬しています。
今誰にでも迫り来る被災の現実と、懸命に手にしていく希望について、この作品で届けたいと願っています。
(いぶき・しょうご)●既刊に『竜馬にであった少年』『てんとくんの●(ほし)さがし』『黒姫ものがたり』など。
文研出版
『千曲川はんらん 希望のりんごたち』
いぶき彰吾・文
本体1,400円