日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『あのねこは』 石津ちひろ

(月刊「こどもの本」2019年5月号より)
石津ちひろさん

猫のロロくんに
捧げる絵本

 一人娘が小学五年生だったころ、移動教室で行った群馬県川場村から、生後一ヶ月ほどの二匹のグレー猫を連れ帰って来た。この日以来、わが家の生活は猫を中心に回り続けることになった。日記にも、猫たちがしばしば登場する─。

 ○月○日 ミミとロロ(猫たちの名前)、ミャーミャー鳴いてばかり。ミミはお皿に足をつっこんで、牛乳を飲む。ロロはかぼちゃの黒糖煮をムシャムシャ食べる。

 ○月○日 夜明け前、床に撒き散らした煮干しを、バリバリ音を立てながらロロが貪っていた。私には気づかない振りをしつつ。

 ○月○日 今朝もロロが自分で網戸を開けて、家を出て行く。庭を見ると、ロロが得意げに草を食んでいた。緑の中のグレーの猫は、絵になるけれど。

 ─こんなふうに、頭がよくて冒険好きで、愛すべき猫・ロロが、今から九年ほど前、とつぜん病に倒れてしまう。そして、ある明け方、娘の腕の中で、静かに息を引き取ったのである。

 ロロの不在をつよく意識するのは、ひとりで遊歩道を散歩するとき、電車の窓から外の景色をながめるとき、そして外から家に帰ってきたときだった。ロロが私の生活の一部だったんだ……と、痛切に感じてしまう。

 この頃、ロロくんへの想いを、何気なく書き連ねたのが、「あ/あの/ねこは/これまで/ひそやかに/……」と一文字ずつ増えていく詩だった。

 二年ほど前、ずっと寝かせたままになっていたこの詩のことを、ふと思い出し、そして閃いた。この極めてシンプルな詩に、もしも宇野亞喜良さんが絵をつけてくださったなら、素敵な絵本が出来上がるのではないか、と。

 私の思いつきに賛同してくださったのが、フレーベル館の若き編集者Wさん。装丁を手がけた気鋭のデザイナー・大島依提亜さんが、宇野さんの描く、自由奔放かつ健気な猫と、愛らしい少女の魅力を、さらに高めてくださった。こうして、この上なく切なくて、美しい絵本が誕生したのでした。

(いしづ・ちひろ)●既刊に『あしたうちにねこがくるの』(ささめやゆき/絵)など、翻訳作品に『リサとガスパール』など。

『あのねこは』"
フレーベル館
『あのねこは』
石津ちひろ・文
宇野亞喜良・絵
本体1,600円