日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

絵本と年齢をあれこれ考える⑩

磯崎園子●絵本ナビ編集長 


でも、どこかで信じている(5歳と絵本)


 自分の家には、まだ入ったことのない二つの知らない部屋がある……はずだ。一つは台所と居間を分ける大きな壁の中にあり、もう一つは階段の下にある扉のずっと奥深くにある。そこは少し暗いけれど、テーブルがあってみんなが座れるイスもある。友だちを呼べるだけのスペースもあるし、パーティーだって開ける。母親が時々そこに出入りしているのは、きっと食べ物をしまっておくためだ。小さい頃の私は、そんな空想を長いこと続けていた。もちろん、そんな部屋は存在しない。5歳の私にもわかっている。わかっているけれど、でもどこかで信じてもいるのだ。目を閉じ、根気よくその部屋の細部を思い浮かべていくと、まるで今日もその部屋に行ってきたような気持ちになれるのだ。

空想の世界の存在を

「さくらほいくえんには、こわいものが ふたつ あります」で始まるのは、『おしいれのぼうけん』(古田 足日、田畑 精一・作 童心社①)。一つは「おしいれ」、もう一つは「ねずみばあさん」。そのあまりに迫力のある風貌に「ねずみばあさんが出てくる絵本」として覚えている人も多いだろう。毎回手にとるたびに、こんな始まりでは5歳の頃の子どもたちは怖くて読めないのじゃないかと思ってしまう。ところが、絵本ナビに寄せられてくるレビューには「いつの間にか食い入るように絵本を見つめ、集中している」「長いお話なのに最後まで聞き、何度も読んでとせがまれるように」「読むたびにワクワクドキドキしている我が子の顔を見るのが楽しい」という声が続く。これは一体どういうことなのか。ケンカをして騒いでいたさとしとあきら。真っ暗なおしいれに閉じ込められ、先生はあやまるまで出してくれないと言う。絶望的な状況だ。ところがこの絵本には、続きがちゃんと用意されている。不思議な光が差し込んだかと思えば、トンネルのように見えていた壁の模様が本物となり、 そのトンネルを抜けた先には……? 読んでいる子どもたちは知っている。その先に続いている別の世界の存在を、そしてそこに向かっていく楽しさを。だからこそ、つばを飲み込みながらもじっと待っているのだ。

 絵本の中で、ねずみばあさんを演じ終わったみずの先生のところに、子どもたちが駆けよっていくように、絵本を読んだ子どもたちもまた、読む前よりも少し楽しそうな顔をして、もう一度読んでとばかりに絵本を差しだす。こんな風に、5歳の頃の子どもたちは「空想の世界の存在」というのを、意識して信じることができるようになってきている。


『おしいれのぼうけん』"
『おしいれのぼうけん』
古田 足日、田畑 精一・作 童心社


さらに育てる

『おおきな きがほしい』(佐藤 さとる・文 村上 勉・絵 偕成社②)は、主人公のかおるが母親に話しかけるところから始まる。「おおきな おおきな 木があるといいな。ねえ おかあさん」その理由を聞くと、かおるの考える自由な空想はどんどん育っていく。それは手がまわらないほど太い幹のある木で、はしごをかけて登っていくと、そこにあるのは小さくて素敵な部屋! 食卓や台所があり、ホットケーキまで焼けてしまうのだ。さらに上へ登っていくと、見晴らし台。遠くに山が見え、風がさっと吹くその場所の気持ちのいいこと。夏が過ぎれば枯れ葉が舞いこみ、冬になればストーブを用意し、やがてまた暖かい春が来る。季節までめぐらせてしまうその空想は、とても具体的で現実的。読み終えた後、「おかあさん、続きが読みたい。植えた木はどうなるの?」と聞いてきたというのは5歳の男の子。私だって、かおると同じ木が植えたくなる。でも、どこかでやっぱりそれは「空想だからこそ」という気持ちも持っている。


『おおきな
『おおきな きがほしい』
佐藤 さとる・文 村上 勉・絵 偕成社


それなりの決意を持ちながら

 もう少し大人っぽい世界を見せてくれるのは『かようびのよる』(デヴィッド・ウィーズナー・作・絵 当麻 ゆか・訳 徳間書店③)。これは火曜日の夜に実際にあったことだと始まりながら、繰り広げられるのは信じられない光景の数々。月の光を浴び、蓮の葉に乗ったカエルたちが一斉に浮かびあがり、町の方へと向かっていく。リアルに描かれた無表情のカエルたちは、淡々と飛び続け、風に吹き飛ばされ、おばあさんの部屋で楽しんでいたかと思うと、犬に追いかけられる。ほとんど言葉がなく、無音のまま見るそれらの世界。小さな子が見れば少し怯んでしまいそうだけれど、なぜかとても美しく幻想的。その光景は見てみたかった気もするし、懐かしく感じることだってあるのかもしれない。彼らは、思っている以上にすんなりと受け入れてしまう。


『かようびのよる』"
『かようびのよる』
デヴィッド・ウィーズナー・作・絵 当麻 ゆか・訳 徳間書店


 自ら空想の世界をつくりだし、現実をも巻き込んでいってしまうのは『ぼくのかえりみち』(ひがし ちから・作 BL出版)だ。「この白い線から落ちたら、大変なことになる」そう言って、道路の白い線だけを通って家に帰る少年。こういう遊びは、子どもなら一度は経験したことがあるだろう。ただ、見ている世界がそのまま絵本になってみると、それがいかに切実な試みであるかが伝わってくる。彼らにとっての空想の世界は、それなりの決意も必要であるらしい。真剣勝負なのだ。『うえきばちです』(川端 誠・作 BL出版)で、植木鉢から出てくるものは普通ではない。「め」が出て、「は」が出て、「はな」が咲く。驚きと恐怖が待っていることを予測しながらも、待ちかまえ、存分にその笑いを味わっている。

物語の世界にも深く入りこむ

 こんな風に空想をしたり、考えたりする力がついてくると、今度は『王さまと九人のきょうだい 中国の民話』(君島 久子・訳 赤羽 末吉・絵 岩波書店)のような、少し長い物語の世界にも入っていくことができるようになる。おじいさんとおばあさんのところに生まれたのは、九人の赤んぼう。「ちからもち」「くいしんぼう」「はらいっぱい」「ぶってくれ」「ながすね」「さむがりや」「あつがりや」「切ってくれ」「みずくぐり」。名前はそれぞれ九人にそなわった能力をあらわしており、その能力を生かし、ひどい仕打ちをする王さまをやっつけていくという痛快な物語絵本。目の前で起きているのはおかしなことだと思いながらも、その展開を楽しむことができている。『おおかみのおなかのなかで』(マック・バーネット・文 ジョン・クラッセン・絵 なかがわ ちひろ・訳 徳間書店④)では、もっと奇天烈な設定だ。なにしろ主人公のねずみが物語の大半を過ごすのがおおかみのお腹の中なのである。しかも、そこにはなんと先客のあひるまでいて、優雅に暮らしている。5歳なりに必死でその状況を想像し、そして全力で笑ってくれる。もしかしたら、絵本の世界へ入り込む深さは、この時期が一番なのかもしれない。


『おおかみのおなかのなかで』"
『おおかみのおなかのなかで』
マック・バーネット・文 ジョン・クラッセン・絵 なかがわ ちひろ・訳 徳間書店


現実では結構大変

 一方で、見る力、考える力がついてくる5歳の頃だからこそ、現実の世界での悩みは増えていく。わがままを言ってみたり、口ごたえをしてみたり、親の立場からすると少し心配になるのもこの時期だ。保育園・幼稚園では年長クラス。気をつかうようになったり、友だちとのケンカが増えたり。だからこそ、ごちゃごちゃになっている気持ちを整理してくれるような絵本の役割は大きくなっていく。心地よい眠りの世界へ飛び立つには準備が必要と教えてくれるのは『ねむりどり』(イザベル・シムレール・作 河野 万里子・訳 フレーベル館⑤)。その優しい語りかけに耳を澄ませ、気持ちよさそうな絵にうっとりしているうちに、心が静かになり、そのまま夢の時間へとつながっていく。『だいじょうぶ だいじょうぶ』(いとう ひろし・作・絵 講談社)や『ぼちぼちいこか』(マイク・セイラー・作 ロバート・グロスマン・絵 今江 祥智・訳 偕成社)、『いいから いいから』(長谷川 義史・作 絵本館)などのように、くりかえされる言葉がそのまま子どもたちの心を励まし、力づけてくれる絵本の存在も見逃せない。この頃の子どもたちには、なるべく多くの種類の絵本に出会い、その世界を広げていってもらいたい。そして、その選び方や読み方を尊重してあげるのも大切なポイントなのである。


『ねむりどり』"
『ねむりどり』
イザベル・シムレール・作 河野 万里子・訳 フレーベル館


 5歳から6歳へと続く先には小学校という大きな壁があり、子どもたちの様子もがらりと変わっていくだろう。絵本なんて卒業しなさい、と言われてしまう子もいるかもしれない。でもちょっと待って。小学生が読むからこそ味わえる絵本はたくさんあるのです。次回は6歳以上と絵本について。お楽しみに!


★いそざき・そのこ 絵本情報サイト「絵本ナビ」の編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作などを行うほか、各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)。

https://www.ehonnavi.net/