日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

絵本と年齢をあれこれ考える③

磯崎園子●絵本ナビ編集長 


何かを言おうとしている(1歳と絵本)


1歳の視点になってみたら

 まだまだふっくらとしたおむつ姿の赤ちゃん、あるいはヨタヨタしながらも自分の足で歩く幼児の姿。これはどちらも1歳。なにしろ成長・発達が著しく、見た目も月齢や個人差で大きく違いが出てくるのが、この時期の特徴である。

 けれど共通して起こる大きな変化といえば、二本の足で立ち上がること。それから、何か言葉らしいものを発するようになること。これは本当に大きな出来事だ。だってそれまでは一緒にいても、どこか受け身のように見えていた我が子が、急に好奇心の塊となって自分にせまってくる。感情をぶつけてくる。訴えかけてくるのだ。親子の関わり方が、「お世話」というよりも「向き合う」と言った方がしっくりくるのも、この頃からかもしれない。

 当の本人になってみたらどうだろう。立ち上がった時の視界の広さ。自分で移動できることの喜び。窓の外の景色が見える。机の上のものに手が届く。ずっと気になっていた扉を開けることができ、大好きなママやパパのところに自ら飛び込むことだってできる。そのママやパパが自分に何かを言っている。ご飯を食べさせてくれる。遊んでくれる。絵本を読んでくれる。

「なんて素晴らしい世界なんだ!」

 そうは言わなくとも、満面の笑みが、可愛らしい笑い声が、バタバタさせる手足が物語っている。見ている大人は幸せな気持ちでいっぱいになる。よかったね。……ところが、事態は一転。さっきまで朗らかに笑っていた我が子の表情がみるみる曇り、一瞬の静けさの後、どこかに向かって大爆発。大きな声で叫び、涙を流し、まるでこの世の終わりのような顔をするのだ(これも可愛いのだけれど)。一体何が起きたのか。

 1歳はまだまだ1歳。思うように歩けない。つかんでも落としてしまう。知らない味がする。嫌と思っても通じない。とにかく上手にできないことだらけなのだ。ああ、もどかしい。何かを言おうとしている。せめてその気持ちが理解してあげられたなら。そして、お互いに思うのです。

「話がしたい!」

 この切実な欲求は、感情だけでも、言葉だけでも、なかなか解消できないもの。だけど、ここには絵本がある。何が好きなのかな、何が気に入らないのかな。お互いのモヤモヤした気持ちの橋渡しとして大活躍してくれるのが、やっぱり絵本なのだ。

0歳と1歳の違いのはじまり

『したく』(ヘレン・オクセンバリー・作 文化出版局①)という字のない絵本がある。左のページにはおむつの絵、右のページにはそれを身に着けた赤ちゃんの絵。めくれば今度は靴下の絵、靴下をはいた赤ちゃんの絵、シャツ、靴、ズボンと続く。0歳の頃から楽しめる大好きな絵本なのだけれど、1歳になるとじっと見ている時間が長くなる。左右をゆっくり見比べている。すかさずそこで大人が「したくをしているね」と話しかける。そうやって、段々と絵の意味と自分の体験がつながってくるのだろう。これが0歳と1歳の違いのはじまりだ。


『したく』"
『したく』
ヘレン・オクセンバリー・作 文化出版局


 絵本ナビに寄せられるレビューを読んでいて驚くのは、『おつきさまこんばんは』(林 明子・作 福音館書店)。「一緒におじぎをしたり、首をふったり、笑顔をふりまいたり」「雲に隠れて困ったお月さまの顔を見て、泣き出してしまう」「最後ににっこりすると、息子も泣きんやんでにっこり」などなど。1歳の子どもたちが、お月さまの表情の意味を読み取り、感情を揺さぶられ、真似をしているのだ。悲しくなったり、嬉しくなったり。眺めているだけでなく、絵本の中のお月さまと会話をしながら読んでいる、ということがよく伝わるエピソードだ。ここで大事なのは、その表情を見逃さないこと。それこそ、お月さまと我が子の会話の中に、自分も入っていける大きなチャンスが潜んでいるのだ。

感情をあらわしたがっている

 絵本を通して知る感情もあれば、自分の中から湧き上がってくる感情に驚くのもこの頃。一番わかりやすいのは、やっぱりこれ。『おいし〜い』(いしづ ちひろ・作 くわざわ ゆうこ・絵 くもん出版)。絵本の中に何度も登場する、美味しいものを食べた時の喜びの表情と言葉。繰り返し読んでもらいながら、自分の気持ちを表現することの快感につながっていく。

 言葉にならないけれど、はっきりとそこにある感情と言えば『ママだいすき』(まど・みちお・文 ましま せつこ・絵こぐま社②)。「チュウチュウ チュウチュウ」「また ぺろぺろかあ」など、動物の親子のやりとりの場面が続くこの絵本。優しく愛らしい絵を眺めながら、ママの声で聞こえてくる言葉の響きはどこまでも甘く。大好きと言わなくても、幸せな感情を共有できている。


『ママだいすき』"
『ママだいすき』
まど・みちお・文 ましま せつこ・絵 こぐま社


『こちょこちょさん』(おーなり 由子・文 はた こうしろう・絵 講談社)を通して伝わってくるのは「一緒にいるのが嬉しい! 楽しい!」という感情。読めばそのままスキンシップができてしまうこの絵本は、親子の直接的なコミュニケーションに大いに役立ってくれるはず。

自分でできる喜び

「まだ上手にできないけれど、自分でやりたい」。たとえまだ1歳だったとしても、その気持ちは大切にしてあげたいもの。指先が少し器用になって、絵本を自分でめくったり、好きなものを指さしたりができるようになってきたら、『きんぎょがにげた』(五味 太郎・作 福音館書店)。お部屋のどこかに隠れているきんぎょを探していく、いわゆる「絵さがし絵本」。何度も読んでもらっている子は、すぐに見つけることができる。だけど本当に嬉しそうなのは、見つけたことを「おしえる」こと。指をさしたまま、誇らし気な顔をして見上げてくるのだ。

「見つけられたの? すごいねー!」

 ここを何度でもしっかりとキャッチしてあげるのが、大人の大事な役目であり、醍醐味でもある。『きゅっきゅっきゅっ』『おててがでたよ』(ともに林 明子・作 福音館書店)のように、自分でできそうでできない可愛さを存分に味わうことのできる絵本もおすすめ。この時期にしか体験できない親子の時間。子どもたちにとっても、嬉しい記憶として残っていくだろう。

おはなしをリズムで味わう

 ここまでくると、今度は言葉の正確な意味まではわからなくとも、言葉のリズムでストーリーを理解することができるようになってくる。『どんどこももんちゃん』(とよた かずひこ・作 童心社③)を読んでいる時の反応を見ていると、それがよくわかる。物語の大半は「どんどこ どんどこ」で進んでいく。読み方のリズムや声色で、それがゆっくりなのか、急いでいるのか、あるいは坂道をのぼっているのかがわかる。大きなくまさんが登場すれば驚き、ももんちゃんが転んで頭をぶつければ、一緒に痛がっている。そして最後にやっとママの腕の中に飛び込んだ時に、ようやくにっこり安心した顔をする。そうして「おしまい」と言って絵本を閉じれば……

「もういっかい!」

 もちろん、まだ話せないので言葉にはできないまでも、絵本をひっくり返し、また表紙から始めるように訴えかけてくるのである。一連の流れがわかっていて、何回でも味わいたいのだろう。これが「はじめて物語を味わう」という体験なのだろうか。なんて豊かな感覚、大人の方が驚かされてしまう。


『どんどこももんちゃん』"
『どんどこももんちゃん』
とよた かずひこ・作 童心社


 同じように、言葉の意味がわからないと理解できないのでは、と思っていても、1歳の子がしっかりと喜んでいたり、面白がっている絵本というのがたくさんある。例えば『まるさんかくぞう』(及川 賢治、竹内 繭子・作 文溪堂)や『くまさん くまさん なに みてるの?』(ビル・マーチン・作 エリック・カール・絵 偕成社)には、色や形の名前が繰り返し登場する。それなのに、その響きを何度でも心地よさそうに聞き、食い入るように絵を見つめているのである。

世界はどこまでも広がっていく

 そして、もう一つの劇的な変化がやってくる。いよいよ歩き始めるのである。これは特別で、格別な体験だ。もちろん個人差があるので、急ぐことはないし、まだ歩かないからといって心配することもない。それでも、この瞬間を迎えることは親にとっても大きな願い。

『こりゃ まてまて』(中脇 初枝・文 酒井 駒子・絵 福音館書店④)は、その喜びにあふれている。靴をはき、地面を踏みしめ、空中を飛び回るちょうちょを追いかける。突然顔を出したとかげを触ろうとして逃がし、ハトに近づけば一斉に飛び立ってしまう。次に見えてきたのは、ベンチに寝ている猫。今度こそ……。そう、世界はどこまでも広がっている。この子には終わりなんて見えていないのだ。その時の驚きを忘れないようにしてあげなければ。「自分の子の姿と重なる」「危なっかしい足取りをずっと見守っていたいような気持ちになる」寄せられたレビューを読みながら、改めて思う。


『こりゃ
『こりゃ まてまて』
中脇 初枝・文 酒井 駒子・絵 福音館書店


 1歳というのは、赤ちゃんと子どもの過渡期。何もかもの感覚が同時に彼らに降り注がれ、それを一心に受け止めながら前に歩き出していく。それは言葉がはじまる前の世界。絵本の読者としても、なんて尊い年齢なのだろうと感じずにはいられない。

 さて、次は歩き出し、会話が生まれてくる2歳。イヤイヤ期もはじまります。絵本との関わり方もガラッと変わってくるはず。お楽しみに!



★いそざき・そのこ 絵本情報サイト「絵本ナビ」の編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作などを行うほか、各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)。

https://www.ehonnavi.net/