
ユーモアという武器
『ぼろイスのボス』の原題は「Chair Person」。文字通り「イス人間」ですが、「議長」とか「委員長」の意味もあります。そのせいか、魔法で人間になってしまったひじ掛けイスの「ボス」は、とても威張り屋で押しが強いのです。ただし、脳みその代わりに詰め物しか入っていないからか、居間のテレビの前に置かれていたからか、知識はテレビ番組やコマーシャルの受け売りばかり。
また、そもそもボスが命を持ってしまったのは、近所のクリスタおばちゃんが魔法の液を垂らしてしまったせいでした。クリスタおばちゃんは、どんな集まりでも中心にいて、いつも忙しそうですが、面倒なことはすべて人に押しつけています。都合が悪くなると、ともかくしゃべり続けて自分の言い分を通してしまう。ボスの図々しさも、このクリスタおばちゃんの技を見習ったもののようです。
作者のダイアナ・ウィン・ジョーンズは、こういう「いやな人」「困った人」を描くのが、非常に上手です。よほど周りにモデルがたくさんいたのでしょうか。いやな経験をお話に書いて、うっぷんを晴らしたのだとジョーンズ自身も言っています。実に生き生きと、ユーモアたっぷりに、楽しそうに書いています。
いやな人がたくさん出てくる本なんて、と思われるかもしれませんが、読後感は爽快です。主人公の子どもたちが元気に、自分たちのできる精一杯の方法でがんばる姿は、共感を呼びます。そして何よりも大切なのは、やはりユーモア。ふだんは大人に押さえつけられ、自由のきかない子どもが、「笑い」によって、相手を理解し、事態を認識し、解決への糸口をつかみます。これは本当は読書体験にとどまらず、実生活にも役に立つ「武器」なのだと思います。教訓めいたことなどなく、ひたすら楽しいお話ですが、ジョーンズはこの「武器」を子どもに持ってほしくて本を書いているのだと思います。ジョーンズ作品ならこの人、と定評のある佐竹美保が全ページに挿絵を描いて、とても素敵な一冊になりました。
(のぐち・えみ)●既訳書に『大魔法使いクレストマンシー 魔法使いはだれだ』『ニャーロットのおさんぽ』など。
徳間書店
『ぼろイスのボス』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ・作
野口絵美・訳
佐竹美保・絵
本体1,700円