
ドングリを巡る旅
もう十五年以上も前のことです。その頃、私は山登りに夢中になっていて、暇さえあれば友人と近場の山へ出かけていました。それで、三重県と奈良県の県境にある(と言えば、相当山深いと想像いただけると思いますが)大台ケ原山に登ったときのこと、友人がなにかを拾い、私に見せてくれました。
「これ、トチノミだよ」
実は、そのときまで私はトチノミを見た記憶がありませんでした。栗ほどには大きくないものの、黒くて丸い堂々たる姿。トチノミが私の心の中に大切にしまわれたのでした。
時が流れて、絵本作家を目指す決意を固め、山登りも封印してしまったとき、ふと浮かんできたのが、そのトチノミでした。
そこで、トチノミを主人公に、なんとなくドングリのキャラクターを描いていたら、中世ヨーロッパの騎士のようないでたちになり、「ドングリ・マーチ」も高らかに勝手に旅を始めました。「焼けてしまった火山島の緑を、ぼくたちが再生する」というのです。
ところが、あらためてドングリの図鑑を調べてみても、トチノミは出てきません。「あんなに立派なドングリがなぜ載っていないのか」。木の実の図鑑をひもといてみれば「ドングリはブナ科の殻斗を持つ果実」とのこと。トチノキはトチノキ(ムクロジ)科! しかし「(トチノミが)ドングリとよばれることもある」との記述も…。
うーむ。何はともあれ、クルミもカエデも、ギンナンも、木の実が集まって旅をすれば、「ドングリ、ドングラ〜」。ドングリたちの旅は、もう引き返すことはないのでした。
さて、私の家の近所の里山では、毎年秋になると、ドングリがいっぱい地べたに落ちます。でも、獣に食べられたり、虫がついたり、そのまま腐ってしまったりと、なかなか一本の木には育たないようです。この絵本のドングリたちも、さまざまな苦難に見舞われながら、勇気を集めて前に進みます。
読者の皆さんにも、思い思いにその旅にご一緒いただければ幸いです。
コマヤスカン●既刊に『あっぱれ! てるてる王子』『新幹線のたび〜はやぶさ・のぞみ・さくらで日本縦断〜』など。
くもん出版
『ドングリ・ドングラ』
コマヤスカン・作
本体1,200円