日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『影なし山のりん』 宇佐美敬子

(月刊「こどもの本」2015年3月号より)
宇佐美敬子さん

高鳴り、ふたたび

 さあ、宝探しに出かけましょう! 夜空には満月。今宵、月の光を浴びて、影なし山に三つの不思議な光が灯ります。地の光の銀の花、天の光の銀の星、そして中の光の銀の風。夜明けまでに見つけ出さないと、山は枯れてしまうと言うのです――。

 私が子供の頃体験した、幸福な高揚感の記憶には、共通項がありました。学校の裏山の崖登り、防空壕跡の洞穴探険、格子で閉ざされた地下室潜入。そのどれもが、「秘密」と「冒険」に満ちていたのです。恐怖心に挑む時の、不可解なまでに強い使命感と、胸の高鳴り。登り切った崖の上から見た夕日の眩しさや、耳をなぶる海風の音は、今も私の中で鮮やかです。あの高揚感を、今、味わってもらいたくて、少女りんの冒険物語を描きました。

 第一話では、豊かな影なし山を守るために、第二話では、貧しい影さし山を救うために、りんは宝を探します。両編を貫く支柱は、人と自然との深い関わりです。農林業など、自然に寄り添う生業から多くの人が離れてしまった現代、人間が世界の中心で、自然はその背景として捉えられがちですが、それでもなお、我々の血の中には、抗い難い自然の力を崇め尊ぶ、古来の自然観が息づいているように思います。昔、家の庭に大きなヒマラヤ杉がありました。庭木の域をはるかに超えたその大樹は、常に我が家を見下ろして、家族を見守る、庭の主のようでした。日本人には、自ずと自然の中に人格を見出だし、愛おしむ質があるのでしょう。二親がおらず、影なし山に抱かれて育ったりんは、誰より深く自然と睦む存在です。だから山を守るため、それこそ命がけで駈け回るのです。

 勇気や優しさといった本当に伝えたいテーマも、宝の正体は何なのか謎解きをする楽しさも、冒険譚の裏側に、透かし絵のように刻み込んで、さあ、いよいよ出発です。果たして、夜明けまでに、宝は探し出せるでしょうか。
りんとともに三つの光をたずねながら、何かほかのものも見つけてもらえたら――そう願っています。

(うさみ・けいこ)●本書で第22回小川未明文学賞大賞を受賞しデビュー。

「影なし山のりん」
学研マーケティング
『影なし山のりん』
宇佐美敬子・作
佐竹美保・絵
本体1,300円