日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『スナーク狩り』狩り 穂村 弘

(月刊「こどもの本」2014年12月号より)
穂村弘さん

『スナーク狩り』狩り

『不思議の国のアリス』のルイス・キャロルの言葉に「ムーミン」のトーベ・ヤンソンが絵をつけた『スナーク狩り』があるんだけど、その本を訳しませんか。編集者のOさんに、そう云われて驚いた。そして、思わず引き受けてしまった。その二人の名前と一緒に自分の名前が並んでいるところを、つい想像してしまったのである。

 だが、ミーハーな心に罰が当たったのか。翻訳作業は難航した。『スナーク狩り』は魅力的で危険な本だった。遊びと謎の塊なのだ。どこから手をつけていいのかわからない。

 そんな或る日、ずっと昔に『不思議の国のアリス』の翻訳を依頼されたことがあったのを思い出した。でも、断ったのだ。なのに、どうして『スナーク狩り』はやろうと思ったのか。それは、たぶん、『スナーク狩り』が韻文だからだろう。私は普段日本の韻文である短歌を作っている。韻文、韻文、韻文には韻文を。ぼんやりと一つのアイデアが浮上した。思いついたのは、日本の長歌形式を借りてみることだった。「五・七」のリズムを任意の回数繰り返して、最後を「五・七・七」で終えるスタイルである。

「スナークの(五)/いそうな場所だ!(七)」/船長の(五)/ベルマンはそう(七)/叫びつつ(五)/一人一人の(七)/髪の毛に(五)/指を絡めて(七)/そろそろと(五)/陸へと運ぶ(七)/押し寄せる(五)/波のうねりに(七)/攫われぬよう(七)

 これでやってみようかな、と思った。でも、まだ先は長い。果たして最後まで到達できるのか。長歌形式による五七調という縛りに加えて、一連が四行という枠もある。不安なままに船出した。翻訳作業も佳境に入った夏、トーベ・ヤンソンの生誕百年を迎える母国フィンランドに行った。『スナーク狩り』の一行のように、彼女がムーミンを書いた夏の家のある島にも「上陸」した。私は古びた書き物机に向かって祈った。どうかこの韻文の旅が目的地に辿り着けますように。

(ほむら・ひろし)●既刊に『本当はちがうんだ日記』『にょっ記』『X字架(じゅうじか)』(宇野亞喜良/絵)など。

「スナーク狩り」
集英社
『スナーク狩り』
ルイス・キャロル・作
トーベ・ヤンソン・絵
穂村 弘・訳
本体1,200円