
キタキツネからの卒業
いつの頃からか、そろそろキツネにおさらばする時期だ、という気持ちが湧いた。
そのひとつの契機は、道東でつくりあげたフィールドとの別れである。事情があって居を現在地に移すことになった。フィールドからはほぼ二百㎞のところである。新しい地にフィールドを構築するには最低七年を必要とする。それには私の「残り時間」が、あまりにも足りなさすぎる。
そこで得た結論──「卒論を書こう」。
七年前に出版した『オホーツクの十二か月』が、かつて住んでいた町での年月をしめくくるものだったのと同様、今回はキタキツネからの卒業を記念する一冊としようと考えた。記述のスタイルは、私の愛読書である『ソロモンの指環』(コンラート・ローレンツ著)にならう。つまり、基本として統計的な数字は入れない、論文でなくエッセイに徹する、あくまでノンフィクションとする、等々。
書き始めてまる二年、気づくと四百字詰め原稿用紙三百枚をはるかに超えていた。厚い本になる。高い本になる。誰も買わない。さてどうしようと考えこんだが、筆が止まらない。編集者も途中までは、全体のボリュームは云々と言っていたが、じき何も言わなくなった。口を出しても無駄とあきらめたのだろう。それほどにキツネたちは、これも書けそれも書け、あんなこともあっただろう……と責めたてたのだ。
写真についても同じで、ついつい情にほだされて多数を登場させた。
キツネは家庭の中に夫、父親を存在させる珍しい哺乳類で(日本では他にタヌキ、ヒトだけ)、人間以外では父親像を観ることのできる数少ない動物である。この本では、家族の中での雄、父親なるものがどんな存在なのかを観察にもとづいて書いた。それと対比しつつ、キツネの母・子像がいかに人間社会のそれと似ているかも書いたつもりである。
読者には本書を通じて、キツネという「くせのある隣人」の興味尽きない日々をのぞいてみてほしいと、心から願うものである。
(たけたづ・みのる)●既刊に『オホーツクの十二か月』『キタキツネのおとうさん』『キタキツネのおかあさん』など。
福音館書店
『キタキツネの十二か月 わたしのキツネ学・半世紀の足跡』
竹田津 実・文・写真
本体2,800円