日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『べんり屋、寺岡の夏。』 中山聖子

(月刊「こどもの本」2013年11月号より)
中山聖子さん

幸せの形は、人それぞれ

 友人のOさんは、絵を描く仕事をしています。まだ若いOさんの絵は、とてもユニークで味わい深く、わたしも大好きです。

 二年前だったか三年前だったか、Oさん夫妻とファミレスでケーキを食べながら、長い時間おしゃべりをしました。都会で暮らすОさん夫妻が、わたしの住む町に帰郷された夏のことです。

「画家さんの生活って、たいへんでしょう?」

と聞いたわたしに、Оさんの奥さんは大きく頷いて、かわいい笑顔で話してくれました。

「来月の家賃が払えないかもしれないって思った時もありました。でも、他の人には理解できないかもしれないけど、そんな生活がすごく楽しいんです」

 それを聞いたわたしは思わず、

「Оさんみたいな、画家さんの話を書きたいです! 書いてもいいですか?」

と、口走っていました。

 夢を追う人と、その家族の生活を書いてみたいと思ったのです。

 そのときからOさんは、主人公である寺岡美舟のお父さんとして、わたしの中で動きはじめました。お父さんをとりまく家族も、自然と心に浮かんできました。

 絵ばかり描いて、のんびりゆらゆらと生きているお父さん。反対に、せっせと働き、家計を支えているお母さんとおばあちゃん。その中で育った美舟は、現実離れした夢なんて見ず、地道に生きていこうと決めています。 

 美舟の家族を含め、べんり屋寺岡に仕事を依頼してくる家族には、みんなどこか足りないところがあります。それでもお互いを思いやり、いっしょうけんめい暮らしています。その様子はまるで、波に揺られながらも、少しずつ前に進んでいく小舟のようです。 

 物語の舞台となった尾道の風景を、デザイナーの濱中幸子さんが、すてきな表紙にして下さいました。

 瀬戸内海の潮風にのって、登場人物それぞれの、いろんな形の夢と幸せが届くことを願っています。

(なかやま・せいこ)●既刊に『三人だけの山村留学』『ツチノコ温泉へようこそ』『春の海、スナメリの浜』など。

「べんり屋、寺岡の夏。」
文研出版
『べんり屋、寺岡の夏。』
中山聖子・著
本体1,300円