
幸せの形は、人それぞれ
友人のOさんは、絵を描く仕事をしています。まだ若いOさんの絵は、とてもユニークで味わい深く、わたしも大好きです。
二年前だったか三年前だったか、Oさん夫妻とファミレスでケーキを食べながら、長い時間おしゃべりをしました。都会で暮らすОさん夫妻が、わたしの住む町に帰郷された夏のことです。
「画家さんの生活って、たいへんでしょう?」
と聞いたわたしに、Оさんの奥さんは大きく頷いて、かわいい笑顔で話してくれました。
「来月の家賃が払えないかもしれないって思った時もありました。でも、他の人には理解できないかもしれないけど、そんな生活がすごく楽しいんです」
それを聞いたわたしは思わず、
「Оさんみたいな、画家さんの話を書きたいです! 書いてもいいですか?」
と、口走っていました。
夢を追う人と、その家族の生活を書いてみたいと思ったのです。
そのときからOさんは、主人公である寺岡美舟のお父さんとして、わたしの中で動きはじめました。お父さんをとりまく家族も、自然と心に浮かんできました。
絵ばかり描いて、のんびりゆらゆらと生きているお父さん。反対に、せっせと働き、家計を支えているお母さんとおばあちゃん。その中で育った美舟は、現実離れした夢なんて見ず、地道に生きていこうと決めています。
美舟の家族を含め、べんり屋寺岡に仕事を依頼してくる家族には、みんなどこか足りないところがあります。それでもお互いを思いやり、いっしょうけんめい暮らしています。その様子はまるで、波に揺られながらも、少しずつ前に進んでいく小舟のようです。
物語の舞台となった尾道の風景を、デザイナーの濱中幸子さんが、すてきな表紙にして下さいました。
瀬戸内海の潮風にのって、登場人物それぞれの、いろんな形の夢と幸せが届くことを願っています。
(なかやま・せいこ)●既刊に『三人だけの山村留学』『ツチノコ温泉へようこそ』『春の海、スナメリの浜』など。
文研出版
『べんり屋、寺岡の夏。』
中山聖子・著
本体1,300円