
みんなの本
がちょうのヨランテとかめのクリズラは大のなかよし。毎日いっしょです。ところがある日、いつものように遊びに行くと、クリズラがいません。びっくりしたヨランテは、ぜったいにどこかにいるはずだと思い、クリズラを探す旅に出ます……。
本書『もうなかないよ、クリズラ』は、すぐれた絵本とはどういうものかということを、あらためてわたしに気づかせてくれた作品です。
まず圧倒的な絵の力。はじめから終わりまで、絵を見る楽しさを存分に味わわせてくれます。何度見ても飽きません。「死」という重いテーマを扱ってはいますが、いたるところに作者の遊び心が顔を出しており、それがまた本書の大きな魅力になっています―
本を読むときのクリズラ、ヨランテとクリズラの泳ぎっぷり、いっしょに旅をするときの出で立ち……。ユーモアたっぷりなのは、楽しい場面だけではありません。わたしたちはヨランテの悲しみをじゅうぶんに知りながらも、必死でクリズラを探すヨランテの姿に思わずクスリと笑ってしまうのです。
つぎに、絵と文の絶妙なバランス。ことばはあくまでも絵の補佐役であり、無駄に重なることがありません。作者ゼバスティアン・ロートは、1975年生まれのドイツのイラストレーターです。これまでにもいくつか絵本の仕事をしているだけでなく、詩人や小説家としても活躍していますが、絵と文の両方を手がけたのは今回がはじめてです。このふたつがかくもみごとに調和している理由のひとつは、ここにあるのでしょう。
さらに、読み手の年齢を選びません。子どもであろうと大人であろうと、それぞれの感性で理解してうけとめることができる――そう、すぐれた絵本というのは「子どもの本」ではなく、「みんなの本」なのです。
訳者のわたしにとっても、忘れられない一冊になりました。
(ひらの・きょうこ)●既訳書にJ・シュピリ『ハイジ』、E・ヘラー『思いがけない贈り物』など。
冨山房
『もうなかないよ、 クリズラ』
ゼバスティアン・ロート・作
平野卿子・訳
本体1,300円