日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ふたりだけのとっておきのいちにち』 三辺律子

(月刊「こどもの本」2013年6月号より)
三辺律子さん

こっそり描かれた秘密のメッセージ

 子どものころ、好きだった絵本は、今でも覚えています。『もりのなか』、『ちいさいおうち』、『はなのすきなうし』……。一見、白黒の地味な絵だったり、おおよそヒーロー像からかけ離れた、控えめな牛が主人公だったり、大人の目から見ると、なぜそんなに好きだったのか、説明するのが難しい絵本も少なくありません。

 でも、ひとつだけ、はっきりとわかる理由があります。「絵」です。と言うと、当たり前に聞こえるかもしれませんが、子どものわたしは、絵本を読んでもらいながら、隅から隅まで絵を眺めるのが大好きでした。ライオンのそばにさりげなく描かれた櫛が、3ページ後に「かみを とかすと」と物語に登場するのに気づいて嬉しくなったり(『もりのなか』)、春夏秋冬それぞれのりんごの木のようす(『ちいさいおうち』)や、コルクの木にたわわに実ったコルク栓(『はなのすきなうし』)に目を見張ったり。櫛も、りんごの木の移り変わりも、コルク栓も、文章のほうでは、ほとんど言及されません。そんな、こっそり描かれた秘密のメッセージ(のようにわたしには思えました)を見つけるのが、楽しくてしょうがなかったのです。

『ふたりだけのとっておきのいちにち』にも、そうした作者からの秘密のメッセージがたくさん描きこまれています。ずらりと並んだ汽車の窓からのぞく乗客の顔や、面白い名前の岬、秘密の島の生き物たちなど、文章では説明がなくても、絵の中にちゃんと答えが用意してあります。わたし自身、最初は気づかず、訳すために何度も読んでいるうちに、わかったものもありました。

 大人になると、同じ本を何度も読んだり、ましてや何時間もかけて絵をじっくり眺めたり、なんてことはなかなかしなくなってしまいます。でも、子どもたちは、絵本の「絵」が大好きなのです。そういうことを忘れずに、丁寧に作られたこの絵本を、少しでも多くの読者たちが楽しんでくれることを、祈っています。

(さんべ・りつこ)●既訳書にL・S・マシューズ『嵐にいななく』、E・イボットソン『リックとさまよえる幽霊たち』など。

「ふたりだけのとっておきのいちにち」
文溪堂
『ふたりだけのとっておきのいちにち』
ヘレン・ダンモア・作
レベッカ・コッブ・絵
三辺律子・訳
本体1,500円