日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『スラムに水は流れない』 村上利佳

(月刊「こどもの本」2024年10月号より)
村上利佳さん

人生には水も夢も希望も大切

 目の前に広がるアラビア海。湾の上を走る海上高速道路と、その道路を支える海上斜張橋。振り返れば超高層ビルが立ち並ぶ街がある。でも、本作品の主人公ミンニたちは、そんな「すばらしき世界」と背中合わせで共存しているスラム街で生きています。家に水道はなく、必要な水を手に入れるために早朝から共同水栓に並ばねばなりません。インド最大の都市ムンバイで人口の約四十パーセントの人が住むスラムには、市全体の水のたった五パーセントしか供給されていないのです。

 いちどに運べる水の量は限られており、しかも飲むためには煮沸しなければなりません。水を入手するために、学校に行ったり勉強したりする時間も取られてしまいます。水は命に直結しています。安全な水を手に入れられないということは、命を危険にさらしているのと同じことです。

 その一方で水の利権を握り、富をたくわえるマフィアも存在します。ミンンニの兄はひょんなことからマフィアに命をねらわれ、母は汚染された水で病になり、家族はばらばらにならざるを得なくなります。

 人は水なしでは生きていけません。でも、人生には水と同じくらい必要なものがたくさんあります。家族、友情、夢、希望、そして「大人になる」ということ。本作品では、どんな逆境に置かれても明日に希望を抱き、たくましく前に進んで行く子どもたちの様子が描かれています。

 原書を初めて読んだとき、これはどうしても日本の子どもたちに届けたい作品だと思いました。水の大切さや水道のありがたみがわかるだけでなく、本の向こう側からすごく大きなエネルギーを感じたのです。強くたくましく、生きることに貪欲なエネルギーを。

 日本では、水道の蛇口をひねるだけで安心して飲めるきれいな水がふんだんに流れてきますが、世界では二十億人以上の人が、日常的に安全に管理された飲み水を手に入れられません。蛇口をひねるとき、その「ぜいたくさ」をかみしめてもらえるとうれしいです。

(むらかみ・りか)●既訳書にC・ドイル「嵐の守り手」シリーズ、P・ハリソン「名探偵テスとミナ」シリーズなど。

『スラムに水は流れない』"
あすなろ書房
『スラムに水は流れない』
ヴァルシャ・バジャージ・著/村上利佳・訳
定価1,760円(税込)