日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『どんぐり』 舘野鴻

(月刊「こどもの本」2024年1月号より)
舘野鴻さん

死を含む生と生を含む死

 虫の絵ばかり描いていたのでいつの間にか虫を描く人ということになっていたが、そんなつもりはない。虫は動物だ。植物よりは人に近い。動物でもペットや類人猿はより人と身近で感情移入しやすい。だから、その死は描きにくい。

 虫は否が応でも身近な動物で、都会に住んでいても目にしないことはない。きちんと調べれば驚くほどの数の虫が都市空間で暮らしている。虫はほとんどの場合産まれて一年で一生を終える。そして当たり前のように死んだ体をその辺りにさらしている。死体があるということは、どこかで産まれ、生きて、繁殖して、生き切ってここにいるということだ。虫は人に嫌われ排除され、または偏執的に好まれコレクションのためにこれでもかと殺される。虫の暮らしぶりは謎に満ちており人の好奇心をくすぐる。そして研究といっては殺される。

 虫たちは葬儀や埋葬をしない。野生動物も植物も菌類も、いつもどこかで死に、そのまま死体を野良に晒している。その死体はどうなるのかというと、その場ですぐに誰かの生きる糧になる。本来、私たち人間の死体や排泄物も糧になるはずなのだ。ところがそうはなっていない。死体も糞も小便も隠されている。「衛生的」でないからだ。汚いものは隠し、スマートに暮らす。現代の暮らしはそのスマートさがなかば強制されている。

 小峰書店の編集者から「植物を描いてください」と依頼があった。私は昆虫画家になりたいわけではないし、野生動物だけでなく人も風景も人工構造物も抽象も描く。昆虫画家のような看板はどちらかと言えばありがた迷惑だ。植物で描きたいこと、言えることは山ほどある。私にとっては願ってもない話だった。そして、この絵本からは言葉を消した。言語で思考しているからには言語で映像的情景を表現することができるのではないか。『ソロ沼のものがたり』(岩波書店)はその試みだった。その思考言語を描画表現で試みたのが今回の絵本だ。読者にどう伝わるだろうか。

(たての・ひろし)●既刊に『しでむし』、文を担当した絵本に「3びきのあまがえる」シリーズ、『ねことことり』など。

『どんぐり』"
小峰書店
『どんぐり』
たてのひろし・さく
定価1,980円(税込)