日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『たいふうこぐま』 おくやまゆか

(月刊「こどもの本」2023年9月号より)
おくやまゆかさん

熊を見つめる

 2年前の初夏、ベトナム近くで発生した小さな台風に「コグマ」という名前がつけられたと何かで知った。制御不能の小さな台風は跳ね回る子熊のイメージそのものだなあと感心していたら、台風コグマはあっという間に衰弱し翌日には消滅してしまった。

 台風被害の甚大さには毎年胸が痛む。大きな被害になる前に消えてよかったと思った。と同時に、誰に歓迎されるでもなく一瞬で消えた台風コグマを可哀想に思ってしまった。

 そうしてしばらく忘れられず、台風コグマにちなんだイラストを描いてちらちらSNSにアップしていたら、これを絵本にしてみてはと、編集者さんがお声がけくださった。

 不思議なもので、声をかけられた途端、何かの栓が外れたみたいにお話がスルスルと生まれた。台風と呼ばれる暴れん坊の小さな子熊のお話。そしてそれがこの絵本『たいふうこぐま』の原型となった。

 実は私はこれまで熊を無性に怖いと思って生きてきた。昔見たマンガや映画の影響か、インターネットで知った数々の獣害事件のトラウマによるものか。大の動物好きなのに熊だけは好きより先に恐ろしさがあり、かえって熊に執着して情報をかき集めたりしていた。

 しかし絵本を作りながら熊の生態や習性について改めて見つめ直す中、私はただ熊の獰猛さを怖がっているのではなく、馴れ合うことができない圧倒的な野生とその孤高に敬意を抱いてもいるのだとよくわかった。

 この絵本に出てくる子熊も暴れん坊できかん坊。唯一歩み寄る人間のミックさんとも仲良くなりそうでやっぱり難しい。でも、それでいいと私は思う。生き物が違うから。

 昨今多発する熊出没情報に相変わらず戦々恐々としているけれど、お互い傷つかずに一緒に生きる道って現実的にどんなだろうか。私たちにできることって何なのだろうか。絵本を描き終えた今も、熊の動画を見つめながら、ぼんやりと考えている。

●既刊に『うりぼうウリタ』『三まいのはがき』『もじゃもじゃドライブ!』など。

『たいふうこぐま』
ほるぷ出版
『たいふうこぐま』
おくやまゆか・作
定価1,650円(税込)