
ナイル川畔で生きる人と動物
コロナ・ウイルスが発生してから3年が経ったころ、住んでいるパリから遠くなく、以前から訪れてみたかったエジプトへ3週間の旅に行くことにした。
まずはナイル川下り。帆掛け船から見える両岸の風景は、何千年もの昔からおそらく何も変わっていないだろう。川岸で牛を洗っている少年の姿ものどかで、連綿と続く動物と人間と自然とが一体になった営みに感動してしまう。
船を川岸に寄せてスケッチしはじめたが、鉛筆を持つ手がはたと止まる。
「おや? この牛は、ヨーロッパの牛にも、アフリカのほかの国で見た牛にも似ていない。水牛の一種らしいが、ベトナムやラオスで見かけた水牛とも違っている。ファラオの墓や神殿の壁に描かれている、二本の角の間に太陽を抱えた牛の子孫だろうか?」
いや、残念ながらそれでもないらしい。この水牛は、しっぽのあたりの骨が突き出し、おおきな耳はピンク色。壁画の牛とは全く違っているからだ。
土地の人がいうには、この水牛はガムーサと呼ばれ、エジプトで中世期ごろから人間の畑仕事や水を引く力となって重宝されてきたという。それなら、このナイル川畔にどこまでも広がる畑を何百年も耕してきたのは、このガムーサだろうか。エジプト独特な風景の一部となっているガムーサに、私は興味を持った。そしてロバやトクトク(軽三輪のタクシー)など、地元の人が利用する乗り物で、私も近くの農家にガムーサのスケッチに通ったのだった。
その後、ピラミッドやスフィンクスから一番近いホテルに宿をとって過ごした。誰もいない静かな早朝や、夜の照明に照らし出されたスフィンクスは、長い年月を生き抜いてきたものの魂の不思議さと厳かさを感じさせる。
しかし、4500年もの昔に、あんなにも壮大なピラミッドがどのように建てられたのか、またスフィンクスは誰が、いつ、なぜ建てたのか、その答えは今も見つかっていない。謎は世界中のエジプトマニアの想像をかきたててきた。
私も例にもれず、ガムーサと男の子のおはなしをつくってみた。
(いちかわ・さとみ)●既刊に『じゃがいもアイスクリーム?』『こうまのマハバット』『しっかりママにつかまって!』など。
BL出版
『ぼくのともだち ガムーサ』
市川里美・作
定価1,650円(税込)