日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『おどってる こまってる』 高畠那生

(月刊「こどもの本」2023年7月号より)
高畠那生さん

おどってる こまってる

 中学生くらいまでだったでしょうか、町の床屋さんに、月に1回ほどの頻度で通っていました。

 その日は順番待ちのお客さんが3人ほどいたかもしれません。

 待っていた人が順に呼ばれ、もうすぐだなと思ったとき、ふと「カリアゲかカラアゲ、どっちだっけ」と迷ってしまったのです。席に着いたら「今日はどうしますか?」に返答するというミッションがあるのに。

 今考えれば、というか考えなくても当然カリアゲなのですが、そのふたつで困ってしまった少年ナオくんはどうしたか。まず挙動がおかしいと思われないように、何事もなかったかのように、手にしていたマンガを読み続けました。が、内容なんてまったく入ってきません。頭の中はカリアゲとカラアゲでいっぱい。刈りあげるって言葉があるんだから、カリアゲだろ。いや待てよ、からあげるって言葉もあるとしたら、どっちとも言い切れない……。マンガのセリフにヒントがないか探してみたりもしましたが、都合よくカリアゲの内容があるわけもなく……。そうこうしているうちに、順番が来て心臓バクバク、冷や汗も出てきました。

「さて、今日はどうしましょう?」

「…………カリャアゲで」

 ドキドキしながら、カリアゲともカラアゲとも聞き取れる感じの小さな声で答えたのですが、床屋のおじさんは、「えっ!? カラアゲ? カラアゲだったら、向かいの惣菜屋さんだよ! ガハハハ」なんてことは言わず、「はい」と軽く答えただけでした。

 あんなにカリアゲかカラアゲかでドキドキしていたのに、そんなに軽く「はい」と言われてしまいふぬけてしまったけれど、なんとかやり過ごせたという達成感を得ていました。カリアゲカラアゲで困っていたときは平静を保っていたつもりでしょうが、マンガを高速でペラペラしながら、目は泳ぐを通りこして、踊っていたにちがいありません。

 なんか、覚えている思い出って、単純に嬉しかったときより、困った、恥をかいたの類いが多いなあ。

(たかばたけ・なお)●既刊に『まほうのオッジィ』(田村あつこ・文)、『はたらくんジャー』(木坂涼・作)、『カエルのおでかけ』など。

『おどってる こまってる』
フレーベル館
『おどってる こまってる』
高畠那生・作・絵
定価1,595円(税込)