
本当のシサム(隣人)
本書の主人公、松浦武四郎は幕末に蝦夷地(現北海道)を探検し北海道の名付け親と呼ばれている人物です。
北海道の自然の雄大さは大きな魅力のひとつですが、道路が整備され充実したアウトドア用品がある現代ならば快適な旅行が楽しめることでしょう。
しかし武四郎の生きた時代の旅が困難を極めたであろうことは想像に難くありません。
雨風が容赦なく体温を奪い、歩くことすらままならない悪路を進む旅は文字通り命がけの大冒険でした。
武四郎はそんな大変な旅を六度も行い、旅から戻ると休むことなくその膨大な記録を書物にまとめて出版します。
彼自身はとても小柄な人だったそうですが、そのエネルギーと情熱にはただただ圧倒されます。
まさに「小さな巨人」という言葉がふさわしい人物ですね。
しかし彼の足跡を追って見えてきたのは、近寄りがたい偉人ではなく、好奇心に満ち、一本気で話好きな愛すべき人となりです。
言葉が通じなくても立場が違ってもでも臆せず相手の懐に飛び込んでいける人だったのでしょう。
当時蝦夷地に住むアイヌの人々と和人の間には差別という深く大きな溝がありましたが、武四郎だけは軽々とそこを飛び越してしまうのです。
絵の得意だった武四郎は挿絵も多く残していますが、彼の描いたアイヌの人たちはどこかユーモラスで愛らしく、武四郎の彼らへの愛情と親しみが感じられます。
アイヌの人々はかつて和人をシサム(隣人)と呼んだといいますが、和人の一方的な支配により対等であるべきその関係は崩れてしまいました。
アイヌ民族への差別を訴え続けた武四郎の思いは残念ながら届きませんでしたが、彼らに寄り添おうとし続けた気持ちこそ武四郎が本当の意味でのシサムである証ではないでしょうか。
(いずみだ・もと)●既刊に『旅のお供はしゃれこうべ』『化けて貸します! レンタルショップ八文字屋』など。
岩崎書店
『カムイの大地 北海道と松浦武四郎』
泉田もと・作/岩本ゼロゴ・絵
定価1,650円(税込)