日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『10歳から使ってほしい みんなのお金とサービス大事典』 井手英策

(月刊「こどもの本」2023年3月号より)
井手英策さん

社会保障を知ろう

 2011年4月16日。過労で倒れ、頭を強く打った僕は、脳内出血で危うく命を落としかけた。連れ合いは専業主婦。真っ先に浮かんだのは、彼女と子どもたちのこれからだった。

 自分が死ねば、保険金が出て、住宅ローンは帳消しになる。でも障がいが残れば、ローンも教育費も払えなくなる。死んだほうが家族のためになる、神様、いっそのこと殺してください、僕はそう思ってベッドで泣いた。

 思えば共稼ぎのパワーカップルでも状況は変わらない。一方が働けなくなれば、その瞬間に年収は半分、住宅ローンや教育費は払えなくなる。この国では、運さえ悪ければ、誰もが簡単に絶望の淵に立たされるのだと思った。

 不幸が一部の貧しい人たちの専売特許じゃないのなら、社会で備えなきゃいけない。それが〈社会保障〉だ。

 ところが、日本の社会保障は、自分で役所や関係機関に行って手続きをしないといけない。どんなサービスがあって、どんな時に使えるのか。情報がなければ、僕たちはただ歯を食いしばって不幸に耐えなければいけない。

 僕は貧しい母子家庭に生まれた。母は苦労を重ね、僕を大学院にまで行かせてくれた。でも学費のために多額の借金を抱え、闇金融の取り立てに追い回される日々だった。母も僕も無知だった。行政に相談に行く勇気と知恵があれば、母をもっと楽にさせてあげられたのに。悔しくて仕方ない。

 友人の支えもあって、何とか借金は返済できた。でも、己の無知さへの後悔が刻み込まれた。同時に、仕組みはあっても、その内容を知らされていない現実への怒りが沸き立った。

 この本は、僕たちが使える社会保障を細かく説明している。でも解説本じゃない。日本の社会保障には足りない部分がたくさんある。その穴を埋めていけば、今日より安心な明日を作れる。社会保障を知ろう、使おう。でも、それだけじゃなくて、何が足りないのか、どんな未来を作りたいのか、みんなで一緒に考えよう。そんな想いを全力で詰めこんだ、大切な一冊だ。

(いで・えいさく)●既刊に『18歳からの格差論』『いまこそ税と社会保障の話をしよう!』など。

『10歳から使ってほしい みんなのお金とサービス大事典』
誠文堂新光社
『10歳から使ってほしい みんなのお金とサービス大事典』
井手英策・著
定価1,760円(税込)