日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『普通のノウル』 山岸由佳

(月刊「こどもの本」2023年3月号より)
山岸由佳さん

でこぼこ道を自分の歩調で

 大学時代の演劇サークルでのこと。ある戯曲中に「普通って何?」というセリフがあり、その問いは飲み会で興が乗るたび熱く議論されるテーマでした。議論そのものを楽しんでいたのでしょう、特に結論づけることもなく、みんな大学三年生の終わり頃には就活に突入し、人並みに社会人生活を始めようともがいていた気がします。

 この本の主人公、十七歳の高校生ノウルは「普通じゃない」とレッテルを貼られ、自分の人生を「平凡とはかけ離れすぎている」ととらえています。理由は、母が十六歳のときに自分を産んだから。偏見という冷たく鋭い刃で傷つけられてきた未婚の母に、ノウルは平凡なパートナーを見つけて幸せになってほしいと願っています。

 カノジョではない女友だち、母を恋い慕う二十代の青年、出前をしない中華料理店の店主、劣等生を果物ナイフにたとえる担任……。さまざまな人との日常の中でノウルは〝普通〟や〝平凡〟の意味を考え、他人を簡単にジャッジするのが大嫌いなのに自分もまた誰かが決めた基準にとらわれ〝普通〟を求めていたことに気づきます。

 原作者イ・ヒヨンさんは韓国のYA文学の担い手で、講演活動を積極的に行っています。この作品ではシングルマザーやLGBTQなどの社会的マイノリティとアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)について描き、子どもを理想的な標準未来像にはめようとしがちな韓国の親世代の意識に一石を投じました。

 ノウルの物語は大学時代のあの問いにひとつの答えを提示してくれました。似合わないスーツを着て都内を駆けずり回り、やっとこさ新卒で入った会社を一年で辞めてしまったのですが、あれは私なりのでこぼこ道を自分のペースで歩き始めた瞬間だったのだと。

「ノウル」の名前は韓国語の「夕焼け」で、病院で赤ちゃんの心音を聞いた帰り道に母が見た美しい夕焼け空に由来しています。ひとりひとりの名前が特別で、ふたつとして同じ色の夕焼けがないことを十代の読者たちに気づいてもらえたらうれしいです。

(やまぎし・ゆか)●本書が初めての翻訳書。

『普通のノウル』
評論社
『普通のノウル』
イ・ヒヨン・作/山岸由佳・訳
定価1,650円(税込)