今、この時の心の色は
アスファルトを突き破る植物のように、子ども達は自分で伸びゆく力をちゃんと持っている。その姿は力強く、鮮やかだ。
『スクラッチ』は、2020年、コロナ禍で迎えた初めての夏の話だ。
今より新型コロナウイルスのことが分かっていなくて、手探りの連続の日々。子どもも大人も不安だった。戸惑い、傷つき、奮闘し、耐え、諦め、憤った。
そんな日々の心の揺れは、やがて「新たな日常」に埋もれていった。行事がなくなり、給食は個別に黙食、マスクや消毒は必然。心の中に蠢いていたものは覆い隠され、まるで最初からなかったかのように日々を過ごしていく。
いや、あったでしょう。揺れ動いたでしょう。君らの、私らの、心は。
それを忘れないように書き留めたい。なかったことになんてしたくない。埋もれていくささやかな、時に大きな心のうねりを、色を、削り出したいと思った。それが『スクラッチ』になった。
過去に洪水被害にあった美術部の
バレー部の鈴音は、まっすぐにぶつかっていくだけで人を思いやることができない自分自身に何度も凹み、何度も顔を上げていく。
介護施設にいる祖母に会えない文菜。起立性調節障害の健斗。夢などないと言うみのり。彼らを見守っていく大人達。それぞれの迷いや葛藤。
『スクラッチ』に描いたひとつひとつは、ともすれば埋もれがちな何でもない日常の一幕で、けれどもかけがえのない日々の記録だ。
2020年、コロナ禍に塗りつぶされた漆黒の下に、心のうねるような色合いが確かにあった。鮮やかに伸びゆく子ども達の姿があった。じゃあ、今はどうだ。
「僕は何色だろう」
2023年。貴方の、私の、今の、心の色は、何色ですか。
(うたしろ・さく)●既刊に『シーラカンスとぼくらの冒険』。
あかね書房
『スクラッチ』
歌代 朔・作
定価1,650円(税込)