日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『チャンス はてしない戦争をのがれて』 原田 勝

(月刊「こどもの本」2022年12月号より)
原田 勝さん

「偶然」に導かれて

 この本は、『よあけ』、『ゆき』、『おとうさんのちず』などで知られる絵本作家、ユリ・シュルヴィッツ(一九三五〜)が自らの子ども時代を回想し、文章と絵で綴った自伝です。

 シュルヴィッツはポーランド生まれのユダヤ人で、四歳の時に第二次世界大戦が始まったため、迫害を恐れた両親とともに母国を離れ、十歳までの六年間を、当時のソヴィエト連邦内の各地ですごします。戦後は親戚を頼ってフランスへ行き、その後、十四歳までパリで暮らしました。

 タイトルの『チャンス』という言葉には「偶然」という意味があります。作者は、一家が、六百万人ものユダヤ人が命を落としたと言われるホロコーストを免かれ、寒さや飢えや病気に耐えて生き延びたのは「偶然」のおかげだ、とはっきり書いています。

 残念ながら、この作品の背景となった時代から、すでに八十年近くが経過しているのに、今も世界中で、戦争や災害、貧困や迫害によって数多くの人が命を落としています。

 人は、いつ、どこで生まれるかを選べません。二十一世紀に入ったというのに、世界全体を見わたせば、子どもが大人になり、大禍なく一生を終えられるかどうかは、やはり「偶然」に依るところが大きいのです。

 幸い、この作品には、つらい話だけでなく、行く先々で遭遇した記憶に残る出来事や人々、そして子どもたちの姿が、ユーモアあふれる絵と文で描かれていて、人間のたくましさや本来もっている善良さ、快活さなども、改めて感じさせてくれます。

 困難な子ども時代を、絵を描くことを心のよりどころとして生きぬいたシュルヴィッツは、その後、フランスから、建国したばかりのユダヤ人国家イスラエルに移住し、二十四歳の時に、今度はアメリカにわたって本格的に絵画を学びはじめます。

 今となれば、この作品に描かれている子ども時代の貴重な体験は、彼が世界的な絵本作家になるための、「運命的な偶然」だったとも言えるでしょう。

(はらだ・まさる)●既訳書にJ・ボイン作『兄の名は、ジェシカ』、K・ヘンクス作『春のウサギ』(大澤聡子共訳)など。

『チャンス はてしない戦争をのがれて』
小学館
『チャンス はてしない戦争をのがれて』
ユリ・シュルヴィッツ・作/原田 勝・訳
定価1,760円(税込)