日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『海をわたる動物園』 いちかわけいこ

(月刊「こどもの本」2022年9月号より)
いちかわけいこさん

戦争で空っぽになった動物園

 ある年の暮れ、元旭山動物園飼育員で絵本作家のあべ弘士さんの講演会がありました。

「ゾウにレモンをあげると、あまりの酸っぱさに大きな耳をパサッとするんだって」と、聞いた話を家族にすると、父が「ああ、そういえば昔世話したキリンは、レモンを食べると頭で8の字を書いていたぞ」と突然言い出したのです。「ええっ、なにそれ?」そんな何気ない会話からこの物語は生まれました。

 私が幼い頃、テレビ局に勤めていた父は、ニュース映像を撮るために、大きなカメラを何台も担いで、世界中を飛び回っていました。たまに帰宅しても、重たい機材のせいで、お土産は現地で拾った石ころや空港で買ったチョコレートぐらい。けれども土産話は、いつでもとびきり面白く、早くそれが聞きたくて、父の帰りを心待ちにしていました。

 頭で8の字を書くキリンの話を聞いた後、父は「大学生の頃、アフリカ帰りの船上でキリンやカバの世話をしたことがある」と話しました。高齢の父の、あまりに突拍子のない話が気になった私は、上野動物園の資料室へ行ってみました。すると、父が帰国した1955年に確かに大阪や名古屋の動物園で、動物の頭数が増えていました。さらに色々調べてみると、当時の動物園の状況が見えてきました。そして、そのことをきちんと書いてみたいと思いました。けれども父の話そのままでは、戦争前後の世の中や動物園の歴史が分かりません。更に困ったことに、船上で出会った方を父は「栗林公園動物園の香川さん」としか覚えていませんでした(動物園は、2002年に閉園)。けれどもさすがに令和は、インターネットの時代です。奇跡的に香川さんのご子息のHPを見つけ、ご協力いただけることとなり、物語を完成へとつなげることができました。昭和・平成・令和と時代を超えて、沢山の出会いと偶然に恵まれて生まれた物語です。この先を生きていく子どもたちに、ぜひ読んで欲しいです。

●既刊に『しってるねん』(長谷川義史/絵)、『ねえ だっこ』(つるたようこ/絵)など。

『海をわたる動物園』
アリス館
『海をわたる動物園』
いちかわけいこ・作/村田夏佳・絵
定価1,540円(税込)