こどもの本

我が社の売れ筋 ヒットのひみつ33
『たぬき』 平凡社

(月刊「こどもの本」2022年7月号より)
『たぬき』

「生きて、生き抜いて!」のメッセージ

いせひでこ 作
2021年11月刊行

 いせひでこさんと動物といえば、ハスキー犬グレイとの出会いから別れの五年の日々を描いた『グレイがまってるから』(一九九三年)に始まる三部作。家族と愛犬との喜怒哀楽が観察眼と愛情あふれる画と文で描かれました(七月に弊社より愛蔵版が出ます)。絵本『たぬき』も日々の記録をもとに描かれました。

 二〇一一年二月、いせさんは世田谷文学館で「旅する絵描き いせひでこ展」を開催中。初日には誕生したばかりの初孫の絵「ひかりのこども」を展示しました。そして三月一一日、東日本大震災。展覧会は一時中断となりました。当日からいせさんは地震の記録、原発事故の報道をノートに書き始めました。

 大震災は思った以上に深刻でした。初孫の誕生という喜びは、子どもたちの未来をうばってしまうような原発事故に、あっという間に暗転しました。絵筆ももてないなか、唯一記したのが地震日記でした。計画停電の日々、庭や公園、道路でたぬきを見かけるようになり、地震日記にたぬきが描かれ始め、手製のラベルを貼って〈たぬ記〉と題されました。

 絵本作家として被災地や日本各地の子どもたちの未来に希望の光を届けるようなメッセージができないか︱︱いせさんは植物の種の芽吹きにいのちを託した『木のあかちゃんズ』を七月に緊急出版しました。当時、前任の編集者と短期間で本を出すための打合せでアトリエにうかがった際、「このあたりにたぬきが出てね」とのことでした。

 それから二、三年後、本の打合せにうかがった折、「〈たぬ記〉が出てきたの」とコピーをお預かりしました。たぬきたちの瞬時の表情、家族、兄弟、さまざまな事件、夢やアイデアが鉛筆やボールペンで描かれていました。日々の地震や放射線数値とともに。

 震災から十年、たぬきたちとの日々、それも震災渦中の記録というご本ができないか、と考え、コロナ禍の在宅勤務で文字を拾い、絵を貼り込んでゲラらしきものをつくり、いせさんに見ていただきました。当初、絶句されていましたが、「ノンフィクションというのもありかもね」とのご返信で、二〇二〇年九月に企画化しました。翌年三月に「絵本にしましょう」とおはなしをいただきました。

 最初に表紙の絵、一方向を見つめる子たぬきたち。そして巻末の旅立ち、ちびと兄姉、父と母、一、二週間ごと絵を見せていただく幸福。なにより、「生きて、生き抜いて」というメッセージが込められた絵。〈たぬ記〉もあちこちに顔を出し、震災の不安・恐怖は人だけが感じていたものではないのですねと多くの年代の方々から感想をいただいています。

(平凡社 三沢秀次)