
カーニバルが去ったあとに
作者のキース・グレイは、デビュー作の邦訳『ジェイミーが消えた庭』の巻末に寄せたメッセージで、「魔法の国とかじゃなく、いま自分が生きている世界で冒険する話を書きたかった」と述べていますが、その後の作品でも一貫して、英国のティーンが日常の中で冒険し成長する姿を描いてきました。
『父さんが帰らない町で』の主人公ウェイド(十二歳)も、日常生活の中で思わぬ冒険に遭遇します。ただ、舞台は一九二二年のアメリカ、テキサス州。なぜ、この時代と場所を選んだの? とメールで質問すると(グレイ氏はいつも気さくに答えてくれるので、つい色々ときいてしまいます)、「第一次世界大戦に関連した作品を、との出版社からの要望と、十代の頃から愛読してきたレイ・ブラッドベリやジョー・ランズデールの影響」という興味深い答えが返ってきました。たしかに、作中、カーニバルと呼ばれる移動遊園地が重要な役割を果たしている点は、作者自身も言及していたブラッドベリの『何かが道をやってくる』と重なりますし、少年が恐怖に立ち向かうという展開は、一九三〇年代のテキサスを舞台にしたランズデールの『ボトムズ』を彷彿とさせます。
暑い午後の川べりから自宅へ、夜のカーニバルへ、不気味な〈恐怖の館〉へと場面を移しながら、荒っぽいけんかのシーンも交えて、物語はテンポよく進みます。同時に、戦争に行ったきり戻らない父を慕い続ける兄や苦しい家計を懸命に支える母を気遣うウェイドの心理が、こまやかに描かれます。
カーニバルが去ったあとも「父さんが帰らない」という事実は変わりませんが、ウェイドと周囲の人たちの心にはそれぞれ変化が起こっていて、それが読者の胸をじんわり熱くさせます。
作者は本書について、「書きたいことがたくさんあり、組合せに悩んで、難しいパズルのようだった」と述べていますが、兄弟とは? 親子とは? 自分の道を生きるとは? といったことを考えさせてくれる、ティーンに読んでほしい、味わい深い物語です。
(のざわ・かおり)●既訳書に『ロス、きみを送る旅』『ソンジュの見た星』『禁じられた約束』など。
徳間書店
『父さんが帰らない町で』
キース・グレイ・作/野沢佳織・訳/金子 恵・絵
本体1,400円