日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『5000キロ逃げてきたアーメット』 久保陽子

(月刊「こどもの本」2020年6月号より)
久保陽子さん

難民の男の子と育む友情の物語

 世界では今、七〇〇〇万人以上の人々が難民として暮らしています。その半数を占める子どもたちの窮状をもっと知ってほしいと、近年、難民をテーマにした児童書が多く刊行されるようになりました。この本はバングラデシュにルーツを持ち、難民問題に取り組むオンジャリ Q.ラウフのデビュー作で、ウォーターストーンズ児童文学賞やブルーピーター賞受賞をはじめ、各所で高い評価を得ています。

 主人公はイギリスの九歳の女の子、アレクサ。ある日、クラスに一言も話さず笑わない、風変わりな男の子アーメットが転入してきます。名前以外に正体のわからないアーメットについて、学校では様々なうわさが飛び交い、いじめる生徒も出てきます。そんな中、アレクサはなんとかアーメットと友達になろうとします。

 初めて原書を読んだ時、アレクサのアーメットを思う純粋さや、大人なら躊躇して実行できないプランを果敢に決行するエネルギーに、心を打たれました。アーメットが次第に心を開き、身の上を打ち明け、困難に立ち向かっていく強さにも惹きつけられます。クルド語しか話せなかったアーメットは、少しずつ英語を覚え、アレクサたちと会話ができるようになっていきます。翻訳に当たっては、その変化を日本語でどう表していくか、単語の切れ目や言葉選びを微妙に変化させ、調整していきました。

 日本の子どもたちには、難民問題は遠い世界の出来事のように感じられるかもしれません。この本でもアレクサははじめ、「難民」という言葉の意味も知りません。しかし、初めて知る難民の窮状に驚き、悲しみながらも純粋な心で問題に立ち向かい、信念を貫こうとします。大人の思惑や政治論争をものともせず行動する姿は、痛みをともないながらも生き生きと描かれています。

 きっと日本の子どもたちにとっても、等身大の登場人物に共感し、身近な出来事として疑似体験し、心を揺さぶられる読書体験になるだろうと思います。難民問題を知る扉となる本であれば、と願っています。

(くぼ・ようこ)●既訳書に『カーネーション・デイ』『明日のランチはきみと』「ハートウッドホテル」シリーズなど。

『5000キロ逃げてきたアーメット』"
学研プラス
『5000キロ逃げてきたアーメット』
オンジャリ Q.ラウフ・作/久保陽子・訳
本体1,500円