
内気な少年の「運命の一日」
十一歳の少年ヴァージルは引っ込み思案で恥ずかしがり屋。にぎやかで活動的なほかの家族は、静かなヴァージルのことをよくわかってくれません。唯一の理解者はフィリピンからアメリカに移住してきたおばあちゃんで、いろんな話を語って聞かせてくれます。ところが最近は、石に食べられる少年の話ばかりするのです。まるで暗い予兆のように。
ヴァージルは、自分にはない自信と勇気を持っているように見える、耳の聞こえない同級生の少女ヴァレンシアと友だちになりたいと思っています。といいつつ、一年たっても「ハロー」も言えていません。そこで母親同士が知り合いで、ときどき相談にのってもらっている、自称「霊能者」の少女カオリに、ついに悩みを打ち明けることにしました。けれど、ペットのモルモットをリュックに入れて、カオリの家に向かう途中の森で、同級生のいじめっ子の少年チェットに出会ってしまいます。
予兆のように暗い試練がヴァージルを待ち受けます。それは偶然なのでしょうか。運命なのでしょうか。ヴァージルの願いは叶うのでしょうか。物語には、ある決定的な変化が描かれます。それは暗闇を経た死と再生のイメージにつながっているようにも思えます。とはいえ、これは暗い物語ではなく、ユーモアがちりばめられ、最後にはいい予感がただよいます。ヴァージルは自分の運命を切りひらいたのだと、わたしは思っています。
物語は章によって視点人物が変わり、ヴァージル、カオリ、チェットの章は三人称、ヴァレンシアの章は一人称でつづられます。じつはヴァージル以外の子どもたちも、それぞれに悩みや課題を抱えていて、森での運命の一日に、それぞれに変化していくのです。たくみな構成でさらさらと読み進められるのに、あとからふとイメージが湧いたり、あれこれ気づかされたりする、奥行きのあるこの物語は、二○一八年にアメリカの優れた児童文学作品に贈られるニューベリー賞を受賞しました。
(たけとみ・ひろこ)●既訳書に『サイド・トラック 走るのニガテなぼくのランニング日記』『スマート』『動物探偵ミア』など。
評論社
『ハロー、ここにいるよ』
エリン・エントラーダ・ケリー・作/武富博子・訳
本体1,600円