
特別なケーキ
幼い頃、母親が時々ケーキを作ってくれました。
ココア味の丸いスポンジケーキにバナナを挟んで、生クリームと砕いた板チョコを温めて溶かしたソースを上からかけるというシンプルなケーキ。
このチョコレートソースがなんとも美味しくて、手伝いと称してキッチンに一緒に立ち、温めたばかりのソースに指を突っ込んで姉と一緒につまみ食いしていたことをよく覚えています。
その後、私は小学生の頃からお菓子作りに興味を持ち始め、様々なレシピ本を見ながら気になるお菓子を片っ端から作りました。
そして気付くといつからか、母はケーキを全く作らなくなりました。
「なんで作らないの?」と聞いたことがあります。母の返事はこうでした。「お菓子作りはもうあなたのほうが上手だから」。 その後ひとりで思い出のケーキを作ったことがありますが、昔とは違う味のような気がしました。
「母や姉と作るケーキ」というのが、私の中では特別な意味を持っていたことをその時知りました。そして、母の言葉からそれはもう実現できないことだと察し、寂しさを感じていたのです。
私は成長し、家族と一緒にお菓子を作るということはしなくなりましたが、自分が作ったお菓子を、人に食べてもらい美味しいと言われることに喜びを感じるようになりました。自分で作るお菓子はお店で買うものよりずっと素朴ですが、なぜか、美味しいものです。そのことを少しでも、楽しみながら知ってもらいたいと思い今回の絵本を作りました。また、作れずとも絵を見て「美味しそうだね」と、食に対して興味を持ってもらえたら嬉しいです。
『いつつごうさぎのきっさてん』は最後の見返しに簡単なレシピを載せています。普段お菓子作りをしないご家庭でも、絵本を気に入ってくれた子供が、保護者の方と少しでも「やってみようかな」と思ってもらえますように。子供の頃の、かけがえのない大事な思い出作りのひとつのきっかけとなれますように。そんな願いを込めています。
(まつお・りかこ)●既刊に『たからもののあなた』『あめのひえんそく』『ごはんはなあに? いただきまーす』など。
岩崎書店
『いつつごうさぎのきっさてん』
まつおりかこ・作
本体1,200円