その先を描きたい
『やぎの冒険』という映画を知っていますか? 沖縄を舞台に、お祝い料理に供されるやぎと少年の交流を描いた映画です。メガホンをとったのは14歳の男の子。彼、仲村颯悟くんが本書の主人公です。
私が颯悟くんを初めて知ったのは朝のテレビ番組でした。すでに沖縄で話題になっていた『やぎの冒険』が本土で上映されるのに先駆けて、全国ネットで紹介されたのです。彼の好奇心にあふれた言動やプロの常識にはない撮影センスに惹き込まれました。プロのスタッフが颯悟監督の一風変わった提案を試してみると、予想外の出来栄えに撮れたことが何度もあったらしい。
私は彼に会いに沖縄を訪れました。高一になっていた颯悟くんと『やぎの冒険』をいっしょに見ながら撮影の話を聞き、小さいときのこと、映画のこと、友だちのこと、沖縄のことをたくさん話しました。そして映画の主人公の少年と同じように、普天間基地の横を通ってヤンバルの村に入り、少年がやぎを追いかけた道をたどり、やぎが解体された浜に行きました。
まず悩んだのは誰の視点で書くかでした。結局、一人称つまり颯悟くんの視点で書きました。読者に身近に感じてもらえると思ったからでもあるけれど、最大の理由は取材の多くを颯悟くんへのインタビューに費やしたからです。何年もかけて彼のことを身近で見て、撮影の一部始終を取材していたら三人称で書いたかもしれません。自分で見聞きしたことを通してしか書けないと思ったのです。
彼に聞いておきたかったことがありました。「命の大切さを言いたかったの?」と。いくつかの媒体でこのように紹介されていたからです。彼は即座に言いました。「いいえ。そうだったらぼくはこの映画を作りきれなかったと思う」。彼が描きたかったのは沖縄のふつうの姿だと理解しました。
私は、既製の言葉で分かった気にならないよう気をつけながら、取材でつかんだ「その先にあるもの」を描きたい。いつもそんなふうに思っています。
(くさば・よしみ)●既刊に『地球を救う仕事』(全6巻)、『おしごと図鑑』(全8巻)、『お産婆さんの智恵で安らぎのお産を』など。
汐文社
『映画カントクは中学生!』
艸場よしみ・著
本体1,400円