
日本、捨てたもんじゃない
なんにでも始まりがあり、そして始めた人がいるんだなあ。
日本点字図書館の創立者、本間一夫氏のことを知ったとき、そんな当たり前のことにびっくりしました。図書館とは行政が造るものであり、個人の創立者がいるとは思っていなかったのです。
自らも視覚障がい者である本間さんとは、どんな方だろう? 清廉潔白な紳士なのだろうか、それとも破天荒なチャレンジャー?
こちらは前者が大当たり。私利私欲とは無縁の、とびっきりの紳士でした。世の中にはこんな志の高い人っているんだなあ、とまたびっくり。
でも、聖人君子の物語や、「障がいを乗り越えて」という物語にはしたくありません。
わたしが注目したのは、青春期の本間さんでした。点字を習得し大学生活を満喫し、恋を知り恋に泣く本間さんの姿に、いつの時代にも、どんなハンディがあろうとも、青春の輝かしさは等しく訪れるということを、感じてほしい。そんな思いで、本間さんの青春時代に、ページを多く割きました。
難しかったのは、主人公が視覚障がい者だと、彼の「眼」を通して書くわけにいかないこと。「彼女のまぶしい笑顔」などという表現は、使えません。そうわかっていても、つい視覚に頼った描き方をしてしまい、削除しなければならない部分がぞろぞろ。
そこで、できるだけ匂いや手触り、音の描写を心がけました。深夜や早朝に響く物売りの声、花の匂い、陽の暖かさ、自身のステッキの音などを、できるだけ書き込むようにしました。
いただいた感想のなかに、戦争の時代であっても多くの点字ボランティアがこつこつと活動していたことや、現在の我々が考えるよりも多くの寄付金が集まっていたことについて、「貧しく悲惨な時代と思っていたけれど、日本人、すごい!」という声がありました。
そう、これこそが、本間さん自身が日々感じ、生涯感謝し続けてきたことです。
日本、捨てたもんじゃないです。
(かなじ・なおみ)●既刊に『花粉症のない未来のために 無花粉スギの研究者・斎藤真己』『子リスのカリンとキッコ』など。
佼成出版社
『読む喜びをすべての人に 日本点字図書館を創った本間一夫』
金治直美・文
本体1,500円