
応援したい、12歳こじらせ男子
「LGBTの本を訳してみませんか?」
編集者さんのお誘いで手に取ったうちの一冊だった。出だしから十二歳男子の心の声のマシンガントーク。赤ちゃんの頃の歩き方がアヒルみたいだったから、ダックス? 高校までに一人に一つの形容詞が決まっちゃうって、何のこと? 本人は大まじめだけれど、鋭い人間観察眼に皮肉に自虐、アメリカのスタンドアップコメディに通じる精神を感じた。
彼は悩んでいる。がっちりした体型のこと、似合う服がないこと。幼なじみの親友(=女子)との関係がおかしくなってきて、今年は誕生日会に呼んでもらえないらしいこと。家にもどこにも居場所がないような気がすること。読んでいてちょっと鬱陶しくなるくらい悩む、そして、ぼやく。だけど、分かるな。この年頃って私もそうだったから。つらいよね。
主人公は悲しくなったりふてくされたりするけれど、行間から見えてくる世界は温かい。仲よしの女子たちも、ばあちゃんもママもママの恋人も、みんなアクが強くて、自分勝手にやりたいことをやっているようでいて、人への思いやりがある。そういうところ、ニューヨークっていいなと思う。これは物語の中だけでなく、結構本当のこと。
とびきり美人の幼なじみは黒人で、もう一人の賢くて毒舌の親友はユダヤ人。ばあちゃんはアイルランド出身で、シングルマザーのママの恋人はブラジル人。国籍や人種だけでなく個性も多様な人たちが入り交じっていて、それがとても自然。そんな世界を味わわせてくれる本でもある。
悩みが解決するわけじゃないけれど、最後はちょっとほっとする。「LGBT」の本と思って読みはじめたら、目の前に現れたのは、誰にでも思い当たる悩みや不安をいっぱい抱えた、すごく身近な男の子だった。LGBTって私に理解できるかな、と身構えていた肩の力がすっと抜ける。こんな描き方もあるんだ。
「一緒にニューヨークの公園を歩いているような本になりましたね」
そう、編集者さんが言ってくれた。
(かいご・れいこ)●既訳書にW・デ・ラ・メア/詩『ハロウィーンの星めぐり』、J・ソンパー「ヴァンパイレーツ」シリーズなど。
岩崎書店
『ハスキーなボクのユウウツ』
ジャスティン・セイヤー・著/亀井洋子・絵/海後礼子・訳
本体1,600円