日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『川のむこうの図書館』 池田ゆみる

(月刊「こどもの本」2018年12月号より)
池田ゆみるさん

図書館を
身近なものに

 もしかしたら、いま自分が住んでいる家の地面の下に、昔の遺跡が眠っているかもしれない。ふとしたきっかけで、そんな思いに至った主人公の竜司。何度も引っ越しをくり返して、どの土地にも愛着を持てずにいたのが、がぜん興味がわいてきたのだ。そして、じきに転校してしまうのだからと、友だちもほとんど作らないでいたが、卒業記念のための調べ学習で、たまたま同じ班になった悠人や美紀と、しだいに心を通わせるようになる。

 親友とまでいかなくとも、いっしょに行動して、たがいに意見を言い合えば、きっと何かが生まれてくる。閉じていた心をほんの少しでも開いてみれば、それまでとちがった景色が見えてくるかもしれない。

 この物語を書き進めるうちに、あやうい人生を歩んでしまいそうな子が、どこかで信頼できる誠実な大人たちに出会ってくれたら─そんな思いも自分の中にめばえていた。

 モデルにした地域(藤沢市)の歴史を調べる作業はほんとうに楽しかった。図書館や文書館に行き、横穴古墳群などの遺跡もたずね歩いた。古民家のある公園は、子どもが小さいときによく遊びに連れて行った場所で、今でもふらっと訪れて、四季の移ろいを楽しむこともある。

 学生時代の四年間、書店でアルバイトをした。卒業後、図書館司書の経験もした。仕事なのに、本に囲まれて毎日が楽しくてしかたがなかった。

 退職してからも、ずっと図書館には通い続けている。純粋に読みたくて選ぶ本。文章修行のための本。資料本。日々の献立に困ったときに助けてもらう本。偶然目にして興味を持った本。いろいろな本たちがずらりとならんで手招きしてくれる。書架の間をゆっくり歩くだけでも、心の底からわくわくしてくる。

 この作品には、図書館を身近に感じてほしいという願いもこめた。私が創作を始めたのも、図書館で借りた本のおかげなのだ。竜司も、調べ学習の参考資料を借りに行って、ふと手にした本から、将来の方向が見えてきた。

(いけだ・ゆみる)●既刊に『坂の上の図書館』。

『川のむこうの図書館』"
さ・え・ら書房
『川のむこうの図書館』
池田ゆみる・作
羽尻利門・絵
本体1、300円