
図書館を
身近なものに
もしかしたら、いま自分が住んでいる家の地面の下に、昔の遺跡が眠っているかもしれない。ふとしたきっかけで、そんな思いに至った主人公の竜司。何度も引っ越しをくり返して、どの土地にも愛着を持てずにいたのが、がぜん興味がわいてきたのだ。そして、じきに転校してしまうのだからと、友だちもほとんど作らないでいたが、卒業記念のための調べ学習で、たまたま同じ班になった悠人や美紀と、しだいに心を通わせるようになる。
親友とまでいかなくとも、いっしょに行動して、たがいに意見を言い合えば、きっと何かが生まれてくる。閉じていた心をほんの少しでも開いてみれば、それまでとちがった景色が見えてくるかもしれない。
この物語を書き進めるうちに、あやうい人生を歩んでしまいそうな子が、どこかで信頼できる誠実な大人たちに出会ってくれたら─そんな思いも自分の中にめばえていた。
モデルにした地域(藤沢市)の歴史を調べる作業はほんとうに楽しかった。図書館や文書館に行き、横穴古墳群などの遺跡もたずね歩いた。古民家のある公園は、子どもが小さいときによく遊びに連れて行った場所で、今でもふらっと訪れて、四季の移ろいを楽しむこともある。
学生時代の四年間、書店でアルバイトをした。卒業後、図書館司書の経験もした。仕事なのに、本に囲まれて毎日が楽しくてしかたがなかった。
退職してからも、ずっと図書館には通い続けている。純粋に読みたくて選ぶ本。文章修行のための本。資料本。日々の献立に困ったときに助けてもらう本。偶然目にして興味を持った本。いろいろな本たちがずらりとならんで手招きしてくれる。書架の間をゆっくり歩くだけでも、心の底からわくわくしてくる。
この作品には、図書館を身近に感じてほしいという願いもこめた。私が創作を始めたのも、図書館で借りた本のおかげなのだ。竜司も、調べ学習の参考資料を借りに行って、ふと手にした本から、将来の方向が見えてきた。
(いけだ・ゆみる)●既刊に『坂の上の図書館』。
さ・え・ら書房
『川のむこうの図書館』
池田ゆみる・作
羽尻利門・絵
本体1、300円