
読者の手にとられんことを願う
今回の『絵本・名人伝』は、昭和一七年、対米戦争の緊迫した時局に珠玉の短編を発表した中島敦の原作です。
彼を語る友人たちの言葉があります。
「
明治四二年東京四谷に生れた彼はその短い生涯のなか、埼玉、奈良、浜松、朝鮮、満州、横浜、小笠原、中国、南洋パラオと転居と放浪、そしてやがて彼の命をうばう喘息の発作をくり返しながら彼独特の歴史の知識に裏打ちされた「視座」を作り上げていきます。
そこには漢学者であった祖父や伯父たちの影響で骨の髄まで染みついた
勢い込んで絵本の構想を練ったのです。舞台は紀元前、日本で言えば弥生時代の大むかし。所は中国。春秋戦国時代の邯鄲の都。今では想像もつかない説話や考古学的領域の世界です。妄想を膨らませ、気分よく遊んでいるうちは楽しかったのです。ところがやっと仕上げた原稿を渡してしまった今、何もない机の上には不安な沈黙だけが残っていて─原作への思いをのべる程に、この名作に泥をぬってしまったのではないか、恐れが湧き上がってくるのです。
もうこの辺でよそう。願わくは、絵本が手に取られんことを。
(こばやし・ゆたか)●既刊に『せかいいちうつくしいぼくの村』『えほん北緯36度線』『淀川ものがたりお船がきた日』など。
あすなろ書房
『絵本・名人伝』
中島 敦・原作
小林 豊・文と絵
本体1、400円