日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『源氏物語宇治の結び』  荻原規子

(月刊「こどもの本」2017年10月号より)
荻原規子さん

独立した長編物語

先年『源氏物語紫の結び』(全三巻)を刊行し、光源氏の生涯を、主軸の帖を抜粋して訳しました。「源氏物語」五十四帖を順番に読み進めると、後半に辿り着けない読者が多いことを思っての抜粋でした。かなり古文好きな私でも、通読には忍耐が必要で、なかなかできなかったのです。

若い頃は、深さを増す「若菜上」「若菜下」以降をそれほど重要に思いませんでした。けれども「源氏物語」の本当の凄みはこの晩年にあると、今は何度読んでも思います。そして、晩年のできごとを承知していないと、宇治十帖の主役となる薫大将の性格も深く理解できないのです。

今回刊行の『宇治の結び』(上下)は、光源氏の死に続く「匂宮」の帖、そして「橋姫」から「夢浮橋」までの宇治十帖を訳しました。読みやすさのため地の文の敬語を省略し、逐語訳ではありませんが、理解に必要なこと以上の創作は加えてありません。

宇治十帖には、何とも独特の味わいがあります。「源氏物語」全体から見ると、独立した長編に見え、それまでとは主題も変化しているようです。

これはやはり、主役となる薫の性格が、光源氏と異なるせいでしょう。光源氏の末子として世間からもてはやされるのに、本人は血を引いていないことを知っています。その屈託が厭世気分となり、彼の恋愛を明るい方向に進めなくするのです。

一方、同じ年頃の光源氏の孫、帝と中宮の愛し子である匂宮は、祖父から罪の負い目を抜いたように陽気で奔放で女好きです。この二人の若者は、光源氏というスターを二分したようでもあり、欠点も十分に見え、人間くさい魅力を感じさせます。

お相手の女性たちもまた、光源氏の生前とは異なり、行動に意外性を含んだストーリー展開です。特に浮舟は、全作中もっとも波乱含みの恋愛を終えます。「源氏物語」の中で宇治十帖がお気に入りという識者は、過去にも数が多いようですが、その気持ちもうなずける気がします。

(おぎわら・のりこ)●既刊に『空色勾玉』『これは王国のかぎ』『あまねく神竜住まう国』など。

『源氏物語宇治の結び』(上)    『源氏物語宇治の結び』(下)

理論社
『源氏物語宇治の結び』(上・下)
荻原規子・訳
本体各1、700円