
響きを合わせてこそ
エル・システマは、40数年前に南米ベネズエラのアブレウ博士が始めた社会教育プログラムです。アブレウ博士はバイオリンなどの管弦楽器を貧しい子に率先して与え、オーケストラの一員として温かく迎え入れました。子どもたちは安心できる環境で質の高い音楽を学び、人間的にも豊かに成長して世界を感嘆させたのです。
エル・システマが日本で導入されたのは2013年。震災復興を目指して福島県相馬市で始まりました。本書はその創成期からおよそ5年間の主な出来事を子ども向けに書き下ろしたノンフィクションです。
正直言うと、音楽にはあまり詳しくない私ですが、そんな私でもエル・システマが普通の音楽教室とは違うことはわかりました。例えば、様々な年齢の子が大勢で切磋琢磨しながら練習するとか─。日本で弦楽器を習う場合、先生とのマンツーマン・レッスンになることがほとんどで、そう簡単にオーケストラは体験できないそうですね。合奏を存分にやれるエル・システマの子はとても恵まれています。
たまたま知ったのですが、英語の「シンフォニー」は、その由来となるギリシャ語で「響きを合わせる」の意。ということは、皆で音を合わせることこそ、その真意のはず。ベネズエラでも、相馬でも、エル・システマが合奏を重視するのは、その原点に立ち戻って本質を教えようとしているからでは、と思い至り、はっとしました。
子どもたちはシンフォニーを演奏する度、仲間と心を合わせると同時に、時空を超え、めくるめく時代を生きた作曲家たちの心の内も旅します。そして、その体験は今後、人生の様々な局面で子どもたちが夢や困難に勇気を持って立ち向かう力となるのです。
最後に収録したエル・システマ出身の人気指揮者、ドゥダメルのスピーチにもありますが、音楽(芸術)はまさに子どもの「魂を養う」もの。音楽という木の正体が、実はとてつもなく深い根を張った巨木であることに、この本を読んで気づいてくれる人がいれば良いなぁ、と思っています。
(いわい・みつこ)●本書がはじめての著書。
汐文社
『未来をはこぶオーケストラ 福島に奇跡を届けたエル・システマ』
岩井光子・著
本体1、400円