
新しい『サリバン先生とヘレン』に出会う本
八年前に亡くなった義母は、ヘレン・ケラーと三浦環に会ったというのが自慢だった。満洲の高等女学校の生徒だったときのことで、オペラ歌手の三浦環が、すでに高齢だったのに華やかな振袖を着ていた等々と、事細かに話してくれた。ところがヘレン・ケラーについては「会った」という事実のほかは、記憶にないらしかった。有名なヘレン・ケラーに「会った=見た」ということが大事件で、その他はどうでも良かったのだろう。
わたし自身も、もちろん子ども時代に読んだ伝記やマンガの中でだが、サリバン先生とヘレンには、とっくに会ったような気がしていた。ところが絵本『サリバン先生とヘレン』の中で出会ったふたりの、なんと瑞々しかったことか。サリバン先生がヘレンの家庭教師を始めたのは、わずか二十一歳のとき。救貧院で育ち、眼病の治療を受けられず失明していたアン・サリバンが視力をとりもどし、初めての就職先として赴いたのがヘレンの家だった。失敗したら路頭に迷うことになっていただろうから、崖っぷちに立ったような決意をしていたにちがいない。いっぽうヘレンのほうは、暗い籠に閉じこめられたような暮らしを送っていた。そんなヘレンに、サリバン先生が言葉を教えていく過程を、本書はじつに丁寧に描いていく。野の小鳥のように暴れることしか知らなかったヘレンが、たった四か月後に母親に手紙まで書けるようになったのだから、まさに奇跡というよりほかはない。そればかりでなくサリバン先生は、ヘレンにひよこをさわらせ、バラの香りをかがせて、三重苦の少女を豊かな世界に触れさせていった。ヘレンの感じていた世界もこうなのでは?と思わせる淡い色調の絵が、不遇な若い女性と少女の魂の交流を感じさせて美しい。この絵本の中にたしかに生きているサリバン先生とヘレンに、多くの読者が出会ってほしいと思う。
(こだまともこ)●既訳書に『あたし、メラハファがほしいな』『ぼくが消えないうちに』など。
光村教育図書
『サリバン先生とヘレン ふたりの奇跡の4か月』
デボラ・ホプキンソン・文
ラウル・コローン・絵
こだまともこ・訳
本体1、500円