日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『イナバさんと雨ふりの町』 野見山響子

(月刊「こどもの本」2021年12月号より)
野見山響子さん

秘密の扉を開けて

『イナバさんと雨ふりの町』は、ひょんなことからふしぎに迷いこむくせ・・ のある、うっかりものの白ウサギ「イナバさん」のお話を三つ集めた本です。前作の『イナバさん!』でもいろいろありましたが、今作では、スーパーマーケットで止まらないエレベーターに閉じ込められたり(イナバさんと雨ふりの町)、秘密の福引き会場に招かれてみたり(イナバさんと福引き券)、電話ボックスごと誘拐されてみたり(イナバさんと電話ボックス)します。

 私は昔から、どこか不思議な世界に出かけて行って、冒険の末に日常に帰ってくるお話が好きでした。冒険には、たいてい何かの「入り口」がつきものです。街なかで、どこに続くかわからない扉を目にして「あれを開けたら、どうなるのかな?」……誰にだって、そんな考えが浮かぶことはあると思います。けれど、そんなことをすれば、人に迷惑をかけてしまうかもしれない、誰かに怒られてしまうかも! そんなのは嫌ですから、皆、そういうムズムズをぐっとこらえて、涼しい顔で暮らしているわけです。ところがその境界を、それと気付かずひょいと飛び越えてしまうのが、イナバさん。秘密の扉は、普段は固く閉じられていますが、たまには息継ぎをしたくなるタイミングがあって……知らずにそこに居合わせてしまう間の悪いウサギが、イナバさんなのです。イナバさんは、毎回そのうっかりのせいで困った状況に陥っては、泣きべそをかいたりもするのですが、まあ、ご安心ください。いつも最後には住み慣れた町に帰ってきて、やれやれ、とため息をつきます。

 ――さあ皆さん、どう見ても怪しい扉に、不用意に飛び込んでいく白ウサギを見かけたら、こっそりあとをつけてみてください。一緒にハラハラしたり、くすくす笑ったり、そっと応援してあげてもいいかもしれません。冒険を終えれば、イナバさんもあなたも、またいつもの日常へ帰りますが――そのときに、ちょっぴりのわくわくした気持ちをおみやげにしてもらえたなら、私はとても嬉しいと思うのです。

(のみやま・きょうこ)●既刊に『イナバさん!』、『アヤカシさん』(絵)、『リンちゃんとネネコさん』(絵)など。

『イナバさんと雨ふりの町』
理論社
『イナバさんと雨ふりの町』
野見山響子・文・絵
定価1,650円(税込)