日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

絵本と年齢をあれこれ考える 番外編②

磯崎園子●絵本ナビ編集長 


読者は絵本の中に希望を見出せるのか?


希望はどこにある?

 地下鉄に乗ったマイロはどこか落ちつかない。不安と期待と緊張でいっぱいなのだ。それはスマホから目を離そうとしないお姉ちゃんも同じ。マイロはスケッチブックを広げ、まわりにいる人たちの生活を想像しながら絵を描くことで気を紛らわす。あのおじさんは古いアパートに帰ればお腹をすかせた猫たちが待っているだろう。髪の毛を真ん中でビシッと分け、ジャケットを着た男の子は、きっと立派なお城に住んでいる。ウエディングドレスを着たあの女の人は……。

 男の子の自由な想像の世界を楽しむ形で始まる『マイロのスケッチブック』(マット・デ・ラ・ペーニャ・作 クリスチャン・ロビンソン・絵 石津 ちひろ・訳 鈴木出版①)。ところがこの絵本は、ここから思わぬ方向へと向かっていく。ふと窓にうつった自分と向き合い、マイロは思うのだ。「ぼくの顔を見て、人はどんなことを想像するのだろう」。ぼくの日常やぼくの本当の気持ちがわかる人なんているだろうか。スケッチブックを閉じ、マイロはお姉ちゃんと一緒にある場所へ向かう。そこは刑務所。多くの説明はないけれど、抱えている現実の重さを受けとめ、それでも一心に自分の描いた絵に希望を託すマイロの姿に、私たちは動揺せずにはいられない。先入観にとらわれているのは、私たちの方なのかもしれないのだ。

 どんな悲しみを抱き、どこに希望を見出そうとしているのか。人の心は思っているよりもずっと複雑で様々。決めつけることなく相手と向き合うことができたなら。そのことに救われる子どもたちがいるのなら。この絵本の存在する意味が大きく変わっていく。


『マイロのスケッチブック』"
『マイロのスケッチブック』
マット・デ・ラ・ペーニャ・作 クリスチャン・ロビンソン・絵 石津 ちひろ・訳 鈴木出版


道に迷ったその先に

 イランからやってきた絵本『ボクサー』(ハサン・ムーサヴィー・作 愛甲 恵子・訳 トップスタジオHR)の中で、ボクサーは打って、打って、打ち続ける。草原を、雲を、何もかもが粉々になるまで打ち続ける。そうやって自分を突き動かすものを信じ、疑いもなくまっすぐに進み続ける。その姿は美しく、私の心も惹きつけられていく。ところがある日、ボクサーの動きが止まるのだ。打つものが何もなくなり、彼は初めて考える。自分は何のために打っているのか、自分のこぶしの先には一体何があるというのか。途端に前が見えなくなっていく。放りだされたような気持ちになる。その後ボクサーは、きちんと自分の道を見つけていく。ところが現実の私はどうだろう。自分の指標となるものが見えなくなり、足元が揺らぎ始めている。

 こんな風に、自分の道を歩いていかなくてはならなくなるタイミングというのは、思いもよらない瞬間にやってくるものだ。自分の心を強くしてくれるものは何か、希望となってくれるものは何か、心の奥深くに問いかけてみる。

 スプーンにとって大切なのは、それを使うと上手に食べられるということ。ひなぎくにとって大切なのは、白くあること。雨にとって大切なのは? りんごにとって大切なのは? 自分たちの身の回りのものと一つ一つ向き合い、優しく問いかけてくるのは絵本『たいせつなこと』(マーガレット・ワイズ・ブラウン・作レナード・ワイスガード・絵 うちだ ややこ・訳 フレーベル館②)。その先に続くのは、やはりこの問いだ。「あなたにとって、たいせつなのは……?」 その言葉を聞きながら、私たちが出す答えはいつも違うかもしれない。それでもやはり、問いかけ続けることが大事なのだろう。


『たいせつなこと』"
『たいせつなこと』
マーガレット・ワイズ・ブラウン・作 レナード・ワイスガード・絵 うちだ ややこ・訳 フレーベル館


 一方で、その目的を具体的に提示してくれている絵本も沢山ある。『ルピナスさん』(バーバラ・クーニー・作 掛川 恭子・訳 ほるぷ出版)を突き動かしているものは、祖父と約束した3つのこと。世界中を旅すること、海辺の家に住むこと、そして世の中を美しくすること。目的を果たすためには何をしたらいいのか、そう考えていくだけで道はおのずと開け、前へと進む力がわいてくるのだと、ルピナスさんの生き方をもって教えてくれる。もちろん目的というのは、もっとささやかでさりげないものだっていい。『シルクハットぞくはよなかのいちじにやってくる』(おくはら ゆめ・作 童心社)の中で、黒いマントをはおった大勢の彼らが、真夜中に集まり行うことと言えば、ぐっすり寝ている子どもたちの枕元に立ち、布団をそっと掛けなおす、こと。それだけだ。それだけなのに、それはとてつもなく大事なことで、生きるための指標となってくれるのだと確信できる。

心を解放してくれるのは

 自分が見えなくなってくることがあるのは、子どもたちだって同じ。自分で決めた道を進んでいるつもりが、いつの間にか壁になっている。自分で作ったルールに押しつぶされそうになっている。そのたびに、心を解放する方法を見つけ出していかなければならない。

『こんにちは!わたしのえ』(はた こうしろう・作 ほるぷ出版③)で見せてくれているのは、心のままに筆を動かすということ。その気持ちよさ、その解放感。「絵を描く」と聞いた途端に緊張してしまったり、方法にとらわれてしまうという経験は、多くの人が持っているだろう。けれど、この絵本の中の女の子はそのうち筆を置き、手を濡らし、足までも使って、自由にのびのびと絵の具を紙に乗せていく。色々な形が現れては消え、色はどんどん重なり混ざっていく。最後に生まれてきたものには、明確な形は何も見えなくなっている。けれど、それこそが全て「わたしのえ」なのだと作者は訴える。決まりなんて気にしなくていい。ただの思いつきだっていい。正解なんてない。「わたしのえ」は私のものなのだ。


『こんにちは!わたしのえ』"
『こんにちは!わたしのえ』
はた こうしろう・作 ほるぷ出版


 あの子がキライ、あの子にイヤなことが起こればいいのに、あの子だけがどうして……。イヤな気持ちが自分の心を支配してしまい、困ったことになるのはよくあることだ。「こんなはずじゃないのに」。否定しようとすればするほど、その考えがどんどん膨らんでいってしまう。「イヤな気持ちって、自分ではどうしようもない、どしゃぶりの雨のようなもの。そんなときはね……!」そう言って、様々な対処法を考えてくれる絵本が『ころべばいいのに』(ヨシタケ シンスケ・作 ブロンズ新社)だ。その独特でユーモラスな方法に、固まっていた心はどんどん緩んでいく。『やっぱりおおかみ』(ささき まき・作・絵 福音館書店)の中で、一人堂々とたたずむおおかみが発するのは「け」という言葉、ひと言。その響きを味わいながら、自分もやはり一人でいることが性に合っているのかもしれないのだと言い聞かせ、開き直って歩き始める。そういうことだって、あるだろう。

喜びこそ、希望

 絵本が寄りそうのは、もちろんこうした迷いや悲しみの感情だけではない。特に小さな子どもたちにとっては、自分の内から沸き立つ喜びの心に寄りそってあげることも、また同じくらい大事にしてあげなくてはいけない。

 ベッドの中で耳を澄ませば、聞こえてくるのはとりの声や風の音。明るくなる空の音に、配達の音。バスが走り出し、さかながはねて、ミツバチが飛び。それからそれから……「おはよう! 春ですよ!」。『はっぴーなっつ』(荒井 良二・作 ブロンズ新社④)が描きだすのは、あちらこちらに隠れている、移り変わる季節の小さな気配。今日とは違う明日がきて、去年とは違う春がくる。浮かれる気持ちに光をあて、その嬉しさをみんなで共有する。『おおきなキャンドル 馬車にのせ』(たむら しげる・作 偕成社)では、晴れた空の下でキラキラと光る海、その横にまっすぐ続く白い道、そのゆったりとした美しい風景の中、たくさんの人たちがどこかに向かって荷物を運んでいる。このまま時間が過ぎていくのかと思う頃、驚きの光景が読者の目に飛び込んでくる。「ありがとう、うまれてきてくれた こどもたち!」。絵本の中からも、絵本の外からも、一斉に読んでいる子どもたちを祝福する時間が用意されているのだ。その瞬間を思うだけで、胸がいっぱいになる。


『はっぴーなっつ』"
『はっぴーなっつ』
荒井 良二・作 ブロンズ新社


 ここまで語って見えてくるのは、「希望」という言葉の意味そのものが、とても一くくりにはできないということだ。当たり前と言ってしまえば簡単だけれど、それでも数多くの種類の希望というものを、絵本の中から一つ一つ発見し、それを細かく伝えていきたい。改めてそう思うのだ。例えば私の場合、自分の中に「野望」があれば前を向ける。いつか、ホームランを打ってみせる。一生に一度でいいから、でっかいのを。長谷川集平さんの絵本『ホームランを打ったことのない君に』(理論社)を読み返しながら、心にたっぷり「野望」を蓄え、また前に進んでいく。

 さて、連載もここで最終回。絵本を通して年齢と向き合う1年間は、自分の頭の中を整理していく1年間でもありました。ここから先、絵本は私にまた違う世界を見せてくれるかもしれない。その日を楽しみに、絵本と付き合い続けていこうと思います。またお会いできる日を!

(了)



★いそざき・そのこ 絵本情報サイト「絵本ナビ」の編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作などを行うほか、各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)。

https://www.ehonnavi.net/