絵本と年齢をあれこれ考える⑧

磯崎園子●絵本ナビ編集長 


自分の感情をもてあます(4歳と絵本・前編)


 はっと目が覚めると、まわりには誰もいない。外は大雨。途端に不安になって大声で泣き出したけれど、やっぱり一人。しばらくすると、雨に降られた母が「ごめん、ごめん」と帰ってくる。なんのことはない、私が居眠りしている間に少し外に出ていただけの話である。断片的だけれど、はっきりと覚えているその光景。あるいは、幼稚園で調子に乗りすぎ、ひとり廊下に出され、園庭をぼーっと眺め続けていた時の景色。大人しくしていたら褒められ、嬉しくてそのままじっと正座を我慢していた時の座布団の感触。どれも4歳の頃の自分の記憶。すべてに共通しているのは、気持ちが高ぶっている瞬間だということ。「どうして一人にするの?」「怒られた理由がわからない」「褒められたいけど、つらい」。そんな風にまだ言葉にはなっていないけれど、その感情は3歳の時よりも明らかにずっと複雑で、だからこそ強く印象に残っているのである。

感情を丁寧に描くことで

 その傾向は、絵本の中にもあらわれる。『こんとあき』(林 明子・作 福音館書店①)で、あきは、生まれた時から一緒のぬいぐるみのこんと、二人だけで電車に乗り、おばあちゃんの家に向かう。こんは、あきが不安にならないように目を配り、自らお弁当を買いに行く。ドキドキしながらもなんとか駅まで到着し、少し心の余裕ができた二人は砂丘に寄ってみることにする。ところが、ここで事態は急展開。こんが、目の前からいなくなってしまうのだ。犬にくわえられ、そのまま砂に埋められていたこんを必死で救い出すあき。どうしてこんなことが起きているのか、理解できない。だけれど、あきはこんを背負い、まっすぐ前を見て歩き出す。早くこんをおばあちゃんのところに連れていかないと! あきなりに考え、出した答えを頼りに体を動かすのである。読み終わってみれば、見守られているのはこんの方。いつの間にか立場が入れ替わっている。

 このように視点も立場も次々に変化していくこの物語。そう言ってしまうと難しそうに聞こえるが、大事なポイントは、どの場面でも丁寧に描かれるあきの心情。こんを頼っている時、戻ってこなくてどんどん不安になっていく時、やっと会えたおばあちゃんに顔をうずめている時。どれもが等身大の感情だからこそ、子どもたちはあっという間に共感し、夢中になり、大人ですら子ども時代の心境を思い出し、ドキドキしながらお話に入り込んでしまうのである。


『こんとあき』"
『こんとあき』
林 明子・作 福音館書店


もてあましているからこそ

 身体も心も急激に成長していく4歳。急に大人っぽい発言をしてまわりを驚かせたかと思えば、ぐずりだし、癇癪を起こすことも。その成長に追いつけなくて、一番とまどっているのは本人たちなのだろう。経験したことのない感情、説明できない複雑な気持ち、そして生まれてくる周りへの気遣い。それらを消化しきれずに「もてあましている」からこそ、時に大人が驚くような態度をとったりする。

 センダックの傑作絵本『かいじゅうたちのいるところ』(神宮 輝夫・訳 冨山房②)の中で、マックスは最初から大暴れしている。おおかみのぬいぐるみを着て、いたずらを重ね、おまけに「おまえをたべちゃうぞ!」とおかあさんを脅し、叱られる。ところがマックスは、反省するどころか、もっと大暴れができる国を発見してしまうのである。世にも恐ろしい姿をしているかいじゅうたちを従わせ、あっという間にその国の王さまとなり、心の限り遊び尽くす。やがて、やりきったマックスの鼻先に届くのは、懐かしいごはんのにおい。こうしてマックスは、無事に私たちのもとに帰ってくる。

 緊張感を保ちながらも、マックスと思いっきり遊んでくれるかいじゅうたち。あんなに暴れていたのに、しっかりと夕ごはんを作ってまっていてくれるおかあさん。そうした大人に囲まれているからこそ、この物語は成り立っている。けれど、その出発点にあるのは、この年齢の子どもたちの中にくすぶっている爆発的な感情であることは間違いない。その感情を上手に説明し、整理することができたなら、「かいじゅうたちのいる国」は生まれなかったのではないか。それほど魅力的な時期とも言えるのである。


『かいじゅうたちのいるところ』"
『かいじゅうたちのいるところ』
モーリス・センダック・作 神宮 輝夫・訳 冨山房


自分だけじゃない

 ところが、実生活の中でもそのとまどいは続く。「もうお姉ちゃんなんだから、泣くのはやめなさい」「あの子はすぐ怒る」「一緒に遊んであげなさい」……そんなこと言われたって、気が付けば泣き、怒り、ふてくされてしまっている。そこに答えがあるわけじゃないけれど、その感情は自分だけのものではないのだと教えてくれるのも、やはり絵本。

 絵本ナビに「子どもがじーっと食い入るように見ていた」「悲しそうな表情で共感している」という声が寄せられているのが『ひとはなくもの』(みやの すみれ・作 やべ みつのり・絵 こぐま社③)。絵本の中ですみれちゃんは大いに泣く。「悲しいとき、痛いとき、怖いとき、悔しいとき…涙にはいろんな理由がある」と彼女は言う。だから「泣き虫のすみれをまるごと好きになって!」と訴える。それを読みながら、同じく泣き虫の子が自分をまるごと好きになってくれたら嬉しい。『おこる』(中川 ひろたか・作 長谷川 義史・絵 金の星社)の中の男の子は、「ぼくはどうして怒られるんだろう」と考える。なるべく怒らない人になりたい、とも思っている。自分の気持ちと人の気持ち、それを4歳なりの理屈で考えてみる。その時間がとっても大切だということは、大人になってみればよくわかる。


『ひとはなくもの』"
『ひとはなくもの』
みやの すみれ・作 やべ みつのり・絵 こぐま社


4歳なりの理屈

 毎日が「なぜ? どうして?」で頭がいっぱいになっている4歳。その疑問にはなるべく答えてあげたい。けれど、大人が正解を示してしまうにはまだ早い。せっかくなら、まずは存分に考えてもらいたい。なぜなら、4歳なりにひねりだしてくる答えほど、面白いものはないからだ。その理屈をあぶりだしてくれるのが、こんな絵本。

『ねえ、どれがいい?』(ジョン・バーニンガム・作 松川 真弓・訳 評論社)で繰り広げられるのは、究極の選択の連続。大水に浸っている家と、大雪にうまっている家と、ジャングルに囲まれている家。あるいは、ジャムだらけになるのと、水をかけられるのと、泥んこになるのは「どれがいい?」。どれだって嫌だけど、それでも選び、理由も教えてもらう。読者からも「本を読んでいるよりも、話している時間の方がずっと長い」「息子は全部好きだと答えた」なんて声が聞こえてくる。4歳の子から話される理由、絶対聞いてみたい!

 こちらの質問もシンプル。写真を2枚並べて……『このあいだに なにがあった?』(佐藤 雅彦+ユーフラテス・作 福音館書店)。もこもこ毛がはえている羊と、つるんつるんの羊。この「あいだ」には何が起きているのか。ここで当たり前の答えしか考えられないのが経験豊富な大人。4歳の子が考えるのは、いったいどんな推理なのか。これもまた、この時代にしか出せない答えなのだ。『あな』(谷川 俊太郎・作 和田 誠・絵 福音館書店)に入って、何を思う。この絵本を通してもまた、彼らなりの哲学をのぞいてみたくなる。

格別な味わい方

 このように、自分の中に生まれる複雑な感情をもてあましながらも、どうにか理解しようとし、空想の世界というのもまた、疑わずに受け入れていくことができる。だからこそ、そんな中で読む物語というのは、また格別な味わい方ができるのではないだろうか。

   例えば、少し怖い雰囲気の漂う絵本『すてきな三にんぐみ』(トミー・アンゲラー・作 今江 祥智・訳 偕成社④)。主人公は、恐ろしい泥棒たち。それぞれ武器を持ち、お金持ちの宝を奪いとっていく。ある日、彼らに転機が訪れる。きっかけとなったのは、少女の一言。「この宝物をどうするの?」 さて困ったのは、三人組。どう使うかなんて、考えたこともなかったのですから! これは良い話なのか、悪い話なのか。子どもたちは物語に振り回されながらも夢中になっていく。


『すてきな三にんぐみ』"
『すてきな三にんぐみ』
トミー・アンゲラー・作 今江 祥智・訳 偕成社


「そんなのあり得ない!」と思いながらも、腹の底から笑ってしまうのが『ぶたのたね』(佐々木 マキ・作 絵本館)。なにしろ主人公のおおかみは、走るのがとても遅い。ぶたよりも遅い。そんなのおかしなことが起きないわけがない。で、案の定。おおかみは、どれだけ追いかけても、一匹のぶたもつかまえられない。「かわいそう」……思う間もなく登場するのは、「ぶたのたね」「たわわになったぶたの実」「ぞうのマラソン」!?  もてあます感情の、さらにその上をいくバカバカしさ。こんなユーモア絵本に出会えたなら、子どもたちは幸せだ。

 一方で、好奇心が爆発していくのもまた4歳。自然の中をひた走り、好きな虫を追いかけまわし、無心にブロックを作り続ける。そうして成長していく中で、人間関係の悩みが生まれるのもこの頃から。次回も引き続き4歳のお話。お楽しみに!


★いそざき・そのこ 絵本情報サイト「絵本ナビ」の編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作などを行うほか、各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)。

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