日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私がつくった本60
福音館書店 岡田 望

(月刊「こどもの本」2015年1月号より)
わたしの木、こころの木

鈴狐騒動変化城
田中哲弥/作、伊野孝行/画
2014年10月刊行

 周りには高い建物がないから、空がよく見える。九月も半ばを過ぎたというのに、陽射しは強く、暑い。ああ、また日焼けする。日焼けをすると微熱が出る。皮膚があまり強くないからなのか。墓地を囲む低い塀の向こう側に、青空を背景にして、本堂の前の巨大な地蔵が見える。巨大な地蔵は怖い。ふと、ところどころ石が剝がれ落ちた古い小さな墓石が目にとまった。横に回って、彫り込まれた文字を見た。「茶碗屋」とあった。

「田中さん、ありましたよ」

 呼びかけた相手は、几帳面に折りたたんだハンカチで、空を見あげながらしきりに汗をぬぐっていた。

『鈴狐騒動変化城』は、著者田中哲弥さんの地元、兵庫県明石市に伝わる茶碗屋の娘お糸ちゃんの伝承に着想を得ている。刊行の一月前、密蔵院というお寺にあるお糸ちゃんのお墓にご挨拶をしにいった。

 もととなったお糸ちゃんの話は、何とも切ない悲恋の物語だが、『鈴狐』は、とにかくおもろい、迎える結末も大団円の落語、それも上方落語のようなお話。そもそも、田中さんは新作落語を何本か手がけていて、この『鈴狐』も、田中さん作の落語がもとになっている。まあ、もとになる噺もあるし、ぱぱっとできるでしょう、と田中さんが言って企画がスタートしたのが三年前。ぱぱっとはいかなかったです。まあ、天才なので仕方ないです。

 とまれ、最初に原稿を読んだとき、すぐに桂枝雀師の高座姿が頭に浮かんだ。あの声、あの仕草で作品が脳内再生されていく。おもろい。とにかくおもろい。何度読み返しても同じところで声をあげて笑ってしまう。すでに手遅れだったが、とりあえず外で読むのは控えなければと思った。

 出てくる人出てくる人、皆どこか抜けていて、要するにアホなんです。そのアホさ加減がたまらなくおかしく、また、人々を描く田中さんの手つき、眼差しがとにかく愛情に満ちているから、読んでいるこちらも皆のことがたまらなく愛おしくなってくる。そして、大いに笑って油断していると、気がついたら、とんでもなく心が揺さぶられている。挿画を描いてくださった伊野孝行さんをして、「仕事ではじめて泣いた」と言わしめるわけです。

『鈴狐』を毎晩少しずつ、お父さんに読み聞かせしてもらっていた小学生の女の子は、ほんとうにもうケラケラ大笑いしながら聞いていて、全部読み終えたとき、こんなやりとりがあったそうだ。

「おもしろかったやろ?」

「うん」

「ほな、次は忘れたころに自分で読んだらええわ」

「忘れへん」

 こんなにうれしいことはない。