日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『紙コップのオリオン』 市川朔久子

(月刊「こどもの本」2013年9月号より)
市川朔久子さん

ふたつの灯り

 ろうそくの火は不思議です。ふと目が吸い寄せられ、気がつけばちらちらと揺れる輪郭にじっと見入っていたりします。あまりのきれいさに自分の深い所まで下りていきそうになり、そんな時は慌てて戻ってきます。深く潜るあまり、うっかり思い出したくもないことを思い出しそうになるからです。

 空にある火を眺めるのも素敵です。「星」です。こちらはろうそくの灯りとは反対に、意識が自分の外側へ大きく広がっていく気がします。近くのものにばかり焦点を合わせていた自分の物差しが、ぐーんとはるか遠くまで引き伸ばされ、丸まっていた背中がしゃんと伸びるような感覚です。ただ、こちらもあまりやりすぎると自分の存在の小ささを感じて怖くなってしまうので、ほどほどのところで止めておかなければなりません。

 本作『紙コップのオリオン』は、うんと簡単にあらすじを説明するならば、「中学生がろうそくに火を灯す」お話です。物語には、文字通り「ろうそくの灯り」と「星の灯り」の両方が出てきます。主人公は中学生の男の子で、傍目からは平和に暮らすごく普通の男の子に見えるのですが、本人からすれば、結構いろいろあるようです。

 自分の人生を振り返ってみても、中学時代というのはやっぱり大変で、片足は子ども界に置いたまま、もう片方は大人の世界に突っこんで、でもどちらからもぎゅうぎゅう押し返されて、その狭い境目にみんないっしょくたに詰め込まれた三年間は、とても長く感じたものです。

 隣ばかりが気になって居場所がないような気がする時。ふと上を見れば、そこには広い世界が広がっているかもしれません。そして目を戻した時、足もとに小さな灯りがあることに気づくかもしれません。世界にはそんな灯りが無数にあって、もしかしたら、自分も誰かにとっての灯りのひとつなのかもしれない。

 それに気づいた時、この世界でようやく、深々と息がつける気がするのです。

(いちかわ・さくこ)●既刊に『よるの美容院』(第52回講談社児童文学新人賞受賞作)。

「紙コップのオリオン」
講談社
『紙コップのオリオン』
市川朔久子・著
本体1,400円