日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『たいこうち たろう』 庄司三智子

(月刊「こどもの本」2013年5月号より)
庄司三智子さん

太鼓の口伝

 日本人のほとんどが明治時代以降、「楽譜」でリズムやメロディーを人に伝えるようになりました。西洋音楽の楽譜は楽典の裏付けも盤石で曲を伝えるのに完璧です。

 それに対して明治より前の日本の楽器……例えば太鼓は、今でも主に「口伝」という方法で曲を伝えています。口伝とは擬音やことばを組み合わせて、「口伝え」で覚えるリズム譜のようなものです。小さいときから楽譜で音楽に親しんできた私が、ひょんな成り行きから太鼓を始め、口伝で曲を教えてもらった時にはちょっと面食らったものです。

 例えば「どんどこ」や「てんつく」、どちらも音符にしたらおおよそ「♩♪♪」でおんなじなんです。でもことばや音のニュアンスでなんとなく違いがわかったりします。「どんどこ」は力強く大太鼓、「てんつく」は調子良く小さい太鼓かな……などと。寄席や歌舞伎など興行の客寄せに打たれる一番太鼓は「どんどんどんと来い」と、打つのだそうです。リズムだけでなく気持ちまで伝わってきます。

 太鼓の口伝は日本語とよくなじみ、私たち日本人独特のリズム感を細かなニュアンスまで表現してくれます。そして声に出して言ってみても自然にリズムができて、とても心地良いなあと感じます。

 この絵本の太鼓名人たろうは太鼓の音色で自然と関わり、願いを叶える道を地上から天空までも進んで行きます。力を込めて神に祈り、自らも励まして打つ。太鼓を使った雨乞い神事は、今も各地に伝わっているそうです。

 またある地方ではどの村にも一人は太鼓打ちがいて、水不足の時の分配を太鼓の勝負で決めたという話もあります。芸能の多くは神事がルーツですが、日本人は古くからその祈りを太鼓の響きに託してきたのではないでしょうか。大きな自然に対峙して無垢な子どもが精一杯に太鼓を打つ祈りは届く、という思いを込めて、この『たいこうち たろう』を作りました。

(しょうじ・みちこ)●既刊に『めんのめんめん』『どんどんとんとんチャチャチャ』『りんごごーごー』など。

「たいこうち たろう」
佼成出版社
『たいこうち たろう』
庄司三智子・さく
本体1,300円