日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『#マイネーム ハッシュタグ・マイネーム』 黒川裕子

(月刊「こどもの本」2022年5月号より)
黒川裕子さん

あの日、叫びたかったこと

 中学生時代のこと。学生かばんから、担任の先生が持ち物を一つ一つ出して机の上にならべていく。筆箱、ハンカチ、ティッシュ、生理用品まで!

 ひとつ取り出すたびに、先生はじろりと私の顔色を見る(何のために?)。最後に、髪の長さとヘアゴムの色、靴下を確認される。先生はついに、どこか嬉しげな調子で指摘した。

「黒川、靴下にボンボンがついとるぞ。校則では、白一色に飾りなしや」

「……はい。すんません」

 検閲めいた抜き打ち検査の間、私は歯を食いしばってひたすら先生の向こうずねを蹴っ飛ばす想像をしていた。

 ——呼びすてにするな。

 ——私のものに勝手にさわるな。

 ——ついでに、ボンボンに謝れ!

 本書は「名前」に様々な不満を持つ中学生たちの物語だ。名字に「さん付け」する学校ルールができたことをきっかけに、SNSを通じて知り合った仲間たちと学校に対して革命を起こそうとする。名前という、まさに自分と直結する要素と向かいあって、手探りでアイデンティティをつかみ取る話でもある。物語全体を通して、子どもたちは様々な理由で大人や学校に何らかの怒りを抱いている。

 この怒り、大人から見れば成長痛と呼べるものかもしれない。じきに治まる、子どもが大人になるために必要な痛み——いつか忘れて同窓会の思い出話になる一時的な痛み。しかし、それは傲慢というものだ。子どもだからと怒りを真正面から受け止めて貰えない。未熟な存在とみなされ、意見さえたずねられない。現にコロナ禍以降の学校の問題について、私たち大人はどれだけ子どもの言葉を聞いただろうか?

 子どもの叫びを成長痛とあしらってはいけない。

 その痛みは本物で、一過性でもなく、あなたと同じ心から発している。

 彼らの言葉にはあなたの言葉と同じだけの重みがある。

 あのときの気持ち、覚えておきたい。

 ——先生・・、あんたの〈検査〉はだれがするんや。

(くろかわ・ゆうこ)●既刊に『となりのアブダラくん』『天を掃け』『奏のフォルテ』など。

『#マイネーム ハッシュタグ・マイネーム』
さ・え・ら書房
『#マイネーム ハッシュタグ・マイネーム』
黒川裕子・作
定価1,540円(税込)