日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『あいうえおのうみで』 すぎはらともこ

(月刊「こどもの本」2012年7月号より)
すぎはらともこさん

あいうえおとわたし

 あいうえおを覚えるのに、人より時間がかかった。小学校受験の盛んな幼稚園に近所というだけで入り、名前を書くのがやっとで卒園したのは、私くらいのものだと思う。それが、文を書く側に回るとは、まさに青天の霹靂だ。

 幼い頃姉弟は、本を好み、楽器の練習に取り組んでいた。早々に両方を放り出した私は、木に登り、鉄棒にぶら下がり、穴をくぐる。ポケットにどんぐり、両手にバッタ、草の匂いと枯葉に埋もれ、近所でおやつをいただいたりする毎日を過ごした。その間、親は文字を強制することはなく、何とか小学校で、友達と足並を揃えることができた。

 それでも、楽しくなかった文字との出会いを払拭したいという思いは消えず、描き始めたのがこの絵本だ。

 当初、幼い私が見たら、字を書きたくなるような本を描くつもりだった。けれど徐々に、文字は子どもにとって新しい発見のひとつで、自分で見つけるのを待つべきではと、考えを変えた。同時に、文字のない世界で五感を働かせた野性的な幼児期は、私には必要な経験で、文字から得る情報と、同等以上の価値があったという、自己肯定にも繋がった。

 この本は「あかはなの いぬ うみべの えきで おもしろいかお あいうえお」という書き出しの通り、「あいうえお作文」のような一音一単語と、少しの言葉の組み合わせだけで進行する。主人公こうたと子犬のぽちが、親と離れて、海辺の町を駆け回る。歌をうたいながら、外遊びに明け暮れた、「私」を映した本と言える。

 言葉が一つ置き変わると、現れる景色は一変するという当たり前のことを喜び、次にどう繋げるか、頭をひねる。それは、主人公の横で、現場を見ているかのような気分での作業だった。

 子ども達の、文字の連なりの先の奥深い世界に踏み込むはじめの一歩が、楽しいものであるように。本好きもそうでないお子さんも、この「あいうえお」で、くすりと笑ってくれたら、願ったりかなったり、と思っている。

すぎはらともこ●既刊の絵本に『こうえんのかみさま』『ひみつのたね』、挿絵に『なんでももってる(?)男の子』など。

「あいうえおのうみで」
徳間書店
『あいうえおのうみで』
すぎはらともこ・作・絵
本体1,400円