日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『ゾウと ともだちになった きっちゃん』 入江尚子

(月刊「こどもの本」2020年10月号より)
入江尚子さん

動物にも個性がある

 とある知人を通して、童謡「ぞうさん」の作詞家、まど・みちおさんに、ゾウの脳に関する研究論文をお送りしたことがあります。まどさんは、ゾウの脳の解剖写真を見て、こうおっしゃったそうです。「ああ、ゾウの前では、嘘はつけないな」

 まどさんの言葉を伝え聞いて、「本当にそのとおり!」と思わず叫びました。ゾウ研究の10年間で、ゾウが数を数えたり、足し算をしたり、絵を描いたり、ほかにもいろいろな能力を持つことがわかりました。でも、どんなに心躍る研究成果よりも、ゾウにはこちらの心のうちが、全てお見通しと感じる瞬間に、一番どきどきしました。

 研究を通して、たくさんのゾウと出会いました。ゾウたちはみんな、それぞれの飼育担当者の方と、深い絆で結ばれていました。とてつもない巨体と圧倒的なパワーを持つゾウにとって、私たち人間はなんともちっぽけでか弱い存在です。それでもゾウたちは、絆で結ばれた大切な人たちを傷つけないように、優しく触れてくれます。そして、研究者として訪れる私のことも、受け入れてくれました。ゾウたちは、なんだかおかしな実験装置を持ってやってくる私を、注意深く観察して、「今回はなにをしてほしいのかな?」と、目を輝かせて、楽しそうに協力してくれました。そして、中には、飼育担当者や研究者だけでなく、来園客として訪れる人とも絆を結ぶゾウもいるのです。

 週に一度は必ず動物園を訪れるという女性に出会いました。彼女の姿を見つけると、ゾウが鼻をあげます。「またきたよ」と彼女が声をかければ、ゾウは近づいてきて、あいさつをするのです。素敵だなぁと感激しました。

 動物園を訪れるとき、柵で隔てられた動物たちに、個性があって、心があることを、あるいは忘れてしまいがちです。でも、それぞれの動物の生態を理解した上で、彼らの個性を尊重すれば、きっともっと素晴らしい経験ができるはずです。この絵本が、読者の方のそうした気づきにつながったらいいなと思います。

(いりえ・なおこ)●本書が初の著作。

『ゾウと
福音館書店
『ゾウと ともだちになった きっちゃん』
入江尚子・ぶん/あべ弘士・え
本体1,300円