日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『サリバン先生とヘレン ふたりの奇跡の4か月』 こだまともこ

(月刊「こどもの本」2016年12月号より)
こだまともこさん

新しい『サリバン先生とヘレン』に出会う本

 八年前に亡くなった義母は、ヘレン・ケラーと三浦環に会ったというのが自慢だった。満洲の高等女学校の生徒だったときのことで、オペラ歌手の三浦環が、すでに高齢だったのに華やかな振袖を着ていた等々と、事細かに話してくれた。ところがヘレン・ケラーについては「会った」という事実のほかは、記憶にないらしかった。有名なヘレン・ケラーに「会った=見た」ということが大事件で、その他はどうでも良かったのだろう。
 わたし自身も、もちろん子ども時代に読んだ伝記やマンガの中でだが、サリバン先生とヘレンには、とっくに会ったような気がしていた。ところが絵本『サリバン先生とヘレン』の中で出会ったふたりの、なんと瑞々しかったことか。サリバン先生がヘレンの家庭教師を始めたのは、わずか二十一歳のとき。救貧院で育ち、眼病の治療を受けられず失明していたアン・サリバンが視力をとりもどし、初めての就職先として赴いたのがヘレンの家だった。失敗したら路頭に迷うことになっていただろうから、崖っぷちに立ったような決意をしていたにちがいない。いっぽうヘレンのほうは、暗い籠に閉じこめられたような暮らしを送っていた。そんなヘレンに、サリバン先生が言葉を教えていく過程を、本書はじつに丁寧に描いていく。野の小鳥のように暴れることしか知らなかったヘレンが、たった四か月後に母親に手紙まで書けるようになったのだから、まさに奇跡というよりほかはない。そればかりでなくサリバン先生は、ヘレンにひよこをさわらせ、バラの香りをかがせて、三重苦の少女を豊かな世界に触れさせていった。ヘレンの感じていた世界もこうなのでは?と思わせる淡い色調の絵が、不遇な若い女性と少女の魂の交流を感じさせて美しい。この絵本の中にたしかに生きているサリバン先生とヘレンに、多くの読者が出会ってほしいと思う。

(こだまともこ)●既訳書に『あたし、メラハファがほしいな』『ぼくが消えないうちに』など。

サリバン先生とヘレン ふたりの奇跡の4か月
光村教育図書
『サリバン先生とヘレン ふたりの奇跡の4か月』
デボラ・ホプキンソン・文
ラウル・コローン・絵
こだまともこ・訳
本体1、500円