日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私がつくった本65
くもん出版 山田陽子

(月刊「こどもの本」2015年8月号より)
30000このすいか

30000このすいか
あき びんご/作
2015年6月刊行

 ある日、編集部にガガガガーと数枚のFAXが送られてきました。差出人は、絵本作家のあきびんごさん。『したのどうぶつえん』『したのすいぞくかん』『あいうえおん』『でてくるぞ でてくるぞ』(弊社刊)など、楽しいことばあそびの絵本を何冊も出させていただいている方です。

 早速読もうとしたとたん、プルルルーと電話が。あきびんごさんです。「今、FAXを送ったんだけどね、すいかだよ、すいか」「あの、今読み始めたところで…えっ、すいか?」「そうそう。で、逃げるの、すいかが」「逃げる? 甘いすいかが?」と、まるでかみ合わない漫才のようでしたが、実はそのFAXはあきびんごさんの新作絵本の原稿でした。

 すいか畑ですくすくと育った30000このすいか。ある日、カラスが「食べ頃だね」と話すのを聞いてしまいます。すいかたちは「食べられるなんて御免」と、夜中に畑から脱走。野を越え、山越え、そして海へ…。

 すいかが脱走? しかも30000個? 設定を聞いただけで、ワクワクしてきました。おもしろい物語が始まりそうな、あの期待感。あきびんごワールドの扉がほんの少し開いて、そこからおいでおいでと呼ばれているような。これはぜひ絵本にしたいと思いました。

 それから数か月後。私はあきびんごさんのアトリエで、すいかたちの脱走劇を一部始終目撃することになります。壁一面に並べられた絵本の原画は圧巻でした。擬人化されていない、丸々としたおいしそうな、リアルなすいか。それでも、彼らの声が確かに聞こえてくるのです。「早く逃げよう」と、焦ってつるを切るすいか。生まれてはじめての海を、目を丸くして見つめる(いや、目はないのだけれど)後ろ姿。(そもそもすいかに前後はあるのか)

 なんだか、私も絵のなかのすいかになって、山を空を海を見つめているようでした。

「どうして、こんなおもしろいアイディアを思いつくのですか?」びんごさんに聞いてみました。

「そんなの簡単。ボクは、もし自分が〇〇だったらっていつも考えるんだ。ボクが山田さんだったら…、猫だったら…、コップだったら…。で、ボクがすいかで、食べられるとなったら、真っ先に逃げるね。ごーろごろって。ハハハハ」人間や動物ならまだしも、物にまで…恐れ入りました。だから、すいかに感情移入できるのか。謎がひとつ解けた気がしました。けれど、もちろんアイディアだけではなく、ありえない状況を「いや、もしかしたらあるかもしれない」と思わせる、確かな画力があってこそです。

 なんとも自由な風が吹いているあきびんごワールドで、子どもたちが気持ちよく遊んでくれたらと願っています。